東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

三浦 寛(みうら ひろし)

自分でやってみる

自分が本当に幸せになりたいと思っているなら 「至道(しどう)難しきこと無し 唯だ揀擇(けんじゃく)を嫌う」である つまり他人と比較して自分を見るなということである あの人のようになりたいと思うなら まず自分らしく 自分のことをやって見ることだ 人…

すなおに投げかける

投機という言葉がある 人はあなたのことを知れば知るほど 好きになるものなのだ 心を投げかけ、心に思うことを素直に言いあう 素直に思いを伝える 「没交渉」 ぼっこうしょうと読むのではない 「もつこうしょう」と読む 互いの対立点を解消し 互いの悪には避…

一無位(いちむい)の真人(しんじん) 人は 生涯自分から離れることはできない そんな自分には一無位の真人が眠っている 一とは普遍的で絶対のもの 無位とは物事にとらわれない 嘘、偽りのない 全てを正しく理解している真人が 自分自身のうちに眠っている…

齢を重ねる

人は生涯「自分から離れる」ことはできない それは生涯「自分として生きていく以外にない」ということである 日々精一杯生きていくことで心が飢えることはない 自分を知り尽くすこととは学ぶこと 学び続けることは、自分を大切にすることに通じている すると…

主人公よ 目覚めているか

今日から七日間、三浦が担当いたします。 どうぞよろしくお願いいたします。 人生には 朝、目覚めて 「今日は何をしようか」と思っているうちに 明けてしまうような「暇つぶし」もある しかし、暇つぶしにも、 「極上の暇つぶし」がある 極上のそれとは 王道…

満ち引きと進歩

私は50年の臨床の学び、実践の中で大きな転換期を3度、4度となく引き込んでいる。そのたびに人の流れが変わる(患者の流れが大きくかわる) 臨床の問いかけが変わる(変える)ごとに潮の満ち引きのように患者がとだえる。そしてまた新たな患者が集うようにあ…

歓びの声

まばたきする間の変化ということが臨床の中で日常的にあたりまえのようにおこっている。 それは私にとってはからだの歓びの声にきこえてくる。 からだの声にこたえられるということは、私自身の身心もさわやかで、きもちのよいものである。 一瞬一瞬にからだ…

必ずおとずれる

だが…それは静かに、着実に歩み寄ってくる。 もしくは、予想を裏切るように突然やってくる。 それは、ひとりとして例外はなく、いつか必ず対面する。 あろうことか、本人も知らないうちにやってくる。 それが、死。 死を意識すれば、人の生は否応なく正解を…

学び続けているということ

私は私の時代を生きている。 操体の学びもこの世のご縁とつながりの中で、生まれ、育ったもの。 その感性に導かれるままに、自ら熱く、自ら歩みはじめた。 学びの中で、異なる景色がみえはじめ、みえたものが実るように励んできた。 その姿をみて、冷やかし…

意志が導く

ことには、ことのはじまりがある。 なんでも「最初の決心」が一番重要だ。 それが、どこまでもついてまわる。 たとえば名誉とか、利益のためにはじめたことは、やればやるほど欲が透けて見えてしまう。 いくら豊かな知識でも、いくらすばらしい言葉で飾った…

喜んでやる

学んでいるなかで、その都度、やっておかねばならないことが必ずあるなら、それは誰かがやらなければならない。 もし、誰もやらないのなら、喜んで自分がやることだ。 しかし、誰もやらないということは、腹の底からの覚悟がいる。 大変だから誰も手をつけた…

自分と向き合う

今日から7日間、三浦が担当します。 よろしくお願いします。 自分にとって最もつまらぬことは、自分との約束を破ることです。 自分の美学を破ってしまったら、一体、誰に向かってつぐなえますか。 人が本来、備えている力を本気という。 お前は、本気で生き…

その先に まだ何かがある

松岡正剛先生の言葉に 「わかる」とは「変わる」ことで、 「わかったこと」が変化することだと… 私はその言葉をとても大切にしている。 「わかった」からといって それで終わりということではなく、 始まりなんだネ。 「わかる」ということが「かわる」とい…

新たに 生かせる 時代

今まで50年間、 読み取ってきた操体の景色が 一瞬に別の景色に様変わりしてしまった。 これだけ様変わりする展開をみていると、 学んできたことの筋道が明晰に捉えることができる。 よりあきらかに、クリアに、 スッキリ展望できるようになった。 ありのま…

よくばり

味わい尽くそうとして、 甘さ、辛さ、酸っぱさ、塩辛さをいっぺんに口にしたところで、 かえって味わい尽くせない。 全てを聞き取ろうとして一度に五つの音(声)を聞こうとしても 聞き取れるものではない。 学びもそうだと思う。 内なるものを大切に目に見…

赤ん坊

精気に満ち満ちているとはどういうことだろう。 赤ん坊はセックスのセの字も知らぬのに おチンチンは、ピーンと上を向いている。 まだ骨も弱く、筋力もないのにそれでも、ギュと握ってくる。 一日中泣き叫んでも、声が枯れることはない。 なぜだろう。 生命…

老子

玄同とは、なかなか気安く近づけない。 かといって、むげに遠ざけ、よそよそしくもできない。 利益を与えることもできない。 危害を加えることもできない。 拝むこともできなければ、蔑むこともできない。 だからこそ価値を超えた価値がある。

日常

あえて、あえて、困難や苦労に直面しないで済む生き方があるという。 それは、ことにあたり(1日の生き方)用心深く、 小さなことから真剣に取り組むことだというのだ。 安易に取りかかる人ほど面倒なことを起こす。 安請け合いをするから失敗する。信用され…

8の日

今日から七日間、三浦が担当いたします。 今年もよろしくお願いいたします。 一年のはじめにブログが巡ってくるというのも、ありがたいご縁です。昨年はアッという間でした。「ッ」まで伸ばせぬほど、「ア」でした。 年の初めに目標を立てるということは、 …

バランス

個人レッスンの中で なぜ心臓が左右にあっては不都合なのだろうか? と私は問いかける。 心臓が一つ、オチンチンが一つであることが、非対称性であることだ。 二つある臓器、それは全体丸ごととしてとらえれば、非対称性のバランスなのである。 2016年11月23…

野次馬

「わかる」と、「ただわかった」だけでは気がすまない性分である。 わかった先に何があるのか?と野次馬になるからだ。 そこに「変わる」という変化がおとずれる。 その野次馬は、変わるごとに新たな気づきをつかんでいく。 その野次馬は、その変化を、生涯…

変化

ヘーゲルもダーウィンも指摘している。 「現在の知識は、新しい知見によって必ず修正される」 その基準となる前提が変われば、当然のごとく結論も変わってくる。 つまり人間は「正しいことはわからない」 人間は正しいことを正しいと思うのではなく 現在の知…

自罪

構築されてしまった妄想は おかしなことであっても正統化してしまう。 不可解な矛盾を生み出し、学びを妨げる。 それに気づいても、曖昧にしておくことは 自分が招く自罪である。 2016年11月23日(水)勤労感謝の日 秋季東京操体フォーラム開催! 今季のテー…

自由

一般的に常識化されてしまったものの中には 妄想的な固定観念で塗りつぶされているものもある。 つまり人間の知識というものは 「現在の知識」でものを考えるということである。 なにか腑に落ちない、辻褄が合わないと見破る洞察力が必要である。 己の心を自…

本質

学びの中で 何か不可解だ? 矛盾に気づいたとき はじめて、もの、こと、なりの本質(正体)がみえてくる。 2016年11月23日(水)勤労感謝の日 秋季東京操体フォーラム開催! 今季のテーマは「膝と進化した操体」です

せいめい

今週は三浦が担当いたします。 よろしくお願いいたします。 せいめい現象とは 息をとめつづけていることも 息を吐きつづけていることも 息を吸いつづけていることも せかせかと吸ったり吐いたりすることもできない。 その結果、 発狂するか 意識を失うか 絶…

豊かな感性

(19)動軸をどこに定めるか それによって、同じ動きにみえても全身形態の連動が、がらりとかわる その識別ができることが感性である (20)右視線と左目線の違いが認識できることは、豊かな感性である (21)胸椎12を境にして、動軸と安定軸の識別…

平等に与えられている

(16)安定とは感性の豊かさである (17)己自身の生き方が、からだに評価されること それが豊かな感性である (18)豊かな感性を育てるには、自己否定しないことである 一人ひとり平等に与えられている1日24時間をどう生かしていくか。 生かす間には…

無意識への感知

(13)感性とは、君が生きている間のことである 一瞬一瞬が感性である (14)感性は、自分自身のものだ いのちである (15)感性とは細胞である 60兆~80兆の細胞感覚 空間認識へのアプローチは、からだの無意識への感知脳(能)が必要である。

かみくだく

(10)感性も自分のなかで呼吸している存在である (11)そっくり、そのまま、コピーしても、それはただコピーしただけのことである 自分でかみくだかなければ、生きてこない それが感性というものである (12)感性とは自分を絶対的な肯定でみていく…