東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

寺本 雅一(てらもと まさかず)

異次元食堂

これは隠れ家の話である。 平日の昼休み。 少しはねをのばして、ここのところ通ってしまっている食堂がある。 言ってしまえば平成の世にひっそりと息づいている「昭和の食堂」なのだが。 不朽の名作「幸せの黄色いハンカチ」のなかで 健さんが醤油ラーメンと…

遊び心とこころのアソビ

自分のなかに今どれだけ「遊び心」が働いているか について、最近考えるようにしている。 というのも、どうも自分は根詰めて何かをやってしまいがちな傾向があるからだ。 根が詰まっているときに、足りてないものはなんだろうと考えてみて 「遊び心」もその…

くいついて 散歩

基本的に夜型人間なので、早起きは小さい頃からあまり得意ではなかったが、 それでもたまに朝が来る前に、目が覚めるタイミングがある。 外はまだ暗い、新聞屋さんもまだ準備をしているような時間。 何の気なしに外へ出てみると、 やけに空気が澄んでいるな…

くいつき遍歴

今まで接してきた物事のなかで 自分はどんなことにくいついてきたか。 その遍歴を振り返ってみると、 ほぼ共通していたのは、 「何もなくてもできる=身ひとつあればできる」というキーワードだった。 例) トゥバ共和国のホーメイ → 伴奏楽器がなくても、身…

くいつけなくなる

ここ数年久しく風邪で寝込むことなどなかったが 久しぶりにたっぷり風邪をひいた。 普段何気なく行っていることのすべてが すんなりと思い通りには行かなくなる不思議。 改めて、「当たり前の生活」を送れていることは とてつもない恩恵であるように感じられ…

楽の時代

本当に便利な時代になった。 欲しいものは「~屋」さんに行かなくても 近所のコンビニエンスストアや インターネットで注文すれば手に入る。 自分は今、「楽」の時代のなかで 生活しているような気持ちになることがある。 でも「楽」ばかり選択していては ど…

人間

おはようございます。瀧澤さん一週間ありがとうございました。 Tさんはアルジャンスーの生演奏を聴いていて イノチを操るアーティストの姿に、シビレれました。 久しぶりの即興生演奏、かっこ良かったです。 さて、バトンを受け取りまして本日から寺本がしば…

清濁

魚介類について良く「天然もの」か「養殖もの」か、 が目に付くことがある。 一般に前者が高価で、質も高いというイメージがあるようだが、 いやいや、そんな単純なことではないようだ。 「養殖」にもピンからキリまであって、 手間隙をかけて育てられた養殖…

護る  

「正義の味方」というのは いわゆる「悪」と呼ばれているものと対峙すると同時に 何かを「護る」ことも、担っていることが多い。 世界の平和を護るため、日夜、悪と対決する存在。 この世界の平和の話を 「からだ」の世界に重ねるとき、 さて、我々のからだ…

カナ?  

先日、とあるお世話になっている方から 人生のあれこれについて、いろいろ話を伺っていたときのこと。 気が付いたら、話の流れで「正義」についての話をしていた。 その方は、「自分が『これは正義だ』と思いこむところから、色々な問題が起こると思う。『正…

エンマ様

こどもの頃にみた「夢」の話である。 小学校に入るより前だったと思う。 夕食後に居間で家族と過ごしている時、 気が付いたらころっと、うたた寝をしてしまった。 その夢の中で、「エンマ様」らしき人と会った。 気付くと、ぼや~っとした暗くも明るくもない…

ごまかす

他人に向けてのことは置くことにして、 「自分」に対してのことである。 「本当は〇〇」なのに、 この「〇〇」を選択しないことにする、ことは意外と多い。 自分に対して言い訳をして、ごまかされたフリをすることは簡単だ。 けれども本当のところはごまかし…

非常識

「常識」は世間一般に正しいと思われているもの。 しかし、それを支えている「正しさ」の根拠が見直されれば、 それまで「常識」と捉えられていたものは、 揺らいでしまうこともある。 人間の歴史を振り返ってみれば、 その繰り返し。 けれども、「常識」が…

ワルモノ

おはようございます。 昨日までのモノガタリを辿っていて、 何だかまだ続きのある絵本の世界に入り込んでいるような気持になりましたよ。 瀧澤さん一週間ありがとうございました。 さて本日から一週間は寺本が担当します。 テーマは引き続き「正義」です。ど…

響き続ける

「あの世」があって、「この世」がある。 イノチあるものはいずれ、あちらの世界へ旅立っていかねばならない。 この世を生きていると、 「この人に出会いたかったのかもしれない」 と思うような人との出会い、ご縁に遭遇することがある。 そういった「生」を…

つかうか、くばるか

「気をつかう」のと 「気を配る」のは、 似ているようで、中身が全然違う。 気を使われるのは、こちらも疲れるが、 気を配られて悪い気はしない。 また「つかう」にも、 「使う」と「遣う」があるようで。 以前から、この違いはなんなのか、気にかかっていた…

目の前にいない人のことを

手紙を書いたり、 贈り物を贈ったり、 どちらも、いま目の前にいない人のことについて 想いを巡らせ、意識を向けながら行うこと。 最近、こういうことについて考えることが増えてきた。 何故なら、自分はこういったことが きっと苦手なんだろうな、と改めて…

支えられている感覚

「みんなは呼吸をどのくらい止めていられる?」 忘れもしない。講習に参加して間もないころ、座学の時間に師匠から受講生に問われたことだ。 「(1分半くらいならいけるかな)」当時はそのようなことを考えていたと思う。 普通の人は意識的に呼吸を止めてい…

見透かされている

操体を通してからだのことを勉強していると、 臨床家というものは いかにからだから見透かされているかを 痛いほど実感する。 特に、 「オレが治してやろう」といった操者の作為。 そういう情報でいっぱいになり、 肝心なからだへの信頼感が薄れてしまってい…

臨床という空間の中で

「臨床」を受けに来る人は様々なものを抱えて訪れているのだろう。「~が痛くて…」という、わかりやすい痛みを抱えている人もあれば「なんか調子が悪くて…」と自分自身でもつかみどころのない愁訴を抱えてくる人もいる。また言葉にはしなくても、心の部分で…

見当たらないとき

おはようございます。 瀧澤さん一週間のモノ語り、ありがとうございました。本日から寺本が担当します。テーマは「感謝」です。宜しくお願いします。 余裕のない時、または調子の良くないときというのは自分自身のなかに「感謝」という言葉がどこにも見当た…

日誌

操体の世界に足を踏み入れてから ひとつの「習慣」が増えた。 それは「日誌」を書くことだ。 この日誌は、日々少しでもいいから書き、 また書き続けることを師匠から勧められてきた。 それを勧める師匠自身のノートは 日々書き込まれ続けてきた結果膨らんで…

「だけ」のリスク

「当たり前」なこと。 「普通」なこと。 日常を何気なく支えているこうした存在へ 少しだけでも意識を向けてみれば、 いまのこの状況は「当たり前」でも「普通」でも ないのではないかと感じられてくる。 「そんなことは『当たり前』であり、『普通』である…

身立て(ミタテ)

操体は「からだ」の要求を診立てる。 そして、その要求に素直に応える。 同時に、 その人の普段の「生き方」、 日常どんな「ミタテ」を行いながら生きているか。 そんなことも診ている。 操体臨床の空間は、 「からだの要求に適う、こんな『ミタテ方』がある…

診て、みえてくるもの

その人の生き方は、 その人の「からだ」に現れている。 臨床家がからだを「診る」ということは、 その人のからだを通して、 その人の「生き方」を診ること。 そして、その生き方を通して その人が普段どんな「ミタテ方」をしているのかを 知ることにもつなが…

生き方(いきかた)

日常生活は「ミタテ」の連続である。 何気なく送る生活のなかで 目の前の状況を 判断(診断)し、その結果をもとに 行動に移る。 ひとつの捉え方として、 その人の「生き方(いきかた)」は その人の「ミタテ方(みたてかた)」 そのもののようにも思えてく…

楽か、辛いか

操体を学び始める前、 自分の頭のなかにどんな言葉が鳴り響いていたか。 当時の生活を思い出しながら どんな言葉を使っていたか、振り返ってみれば、 「どっちのほうがいいかな〜」 「こっちのやり方の方が楽だよね」 こんなことを、何気ない日々のなかで考…

肩入れ

瀧澤さん一週間ありがとうございました。 今日からは一週間寺本が担当します。 今回のテーマは「ミタテ」です。 宜しくお願い致します。 「診立て(診断)」というと、「臨床」の世界を思い浮かべますが、 よくよく考えてみれば私たちは、常にある種の「診立…

フタ

自分の周囲に対して 「言い訳」を考えているときがある。 またか、と思い 呼吸に意識を向けて、「立ち止まる」。 アタマのなかで鳴り響く 声や言葉がおさまって 静かになれば、 さきほどまでの言い訳は、 自分自身への「言い訳」から生まれていたもの、 だっ…

失敗

「同じこと」を教えてもらうにしても 無難にこなせる講師から教えてもらうのと その道のプロに学ぶのとでは、 まるで違う。 経験、失敗、工夫、発見、時間、空間。 辿ってきた道筋が、そのまんま 厚みと深みになる。 学んでいる方にはそういったものが 無意…