東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

師匠と弟子

おはよう。三日目のブログは前夜の続きということでよろしくお願いします。今朝も雨、夜半の二時半に用をたし、そのまゝ着替え、モスバーガーに直行、四時間ほど原稿にむかい現在七時十分、これからブログにとりかかるところです。秋雨とともに、刻々と冬にむかいますネ。皆さん、風邪などひかないよう心のケアと、体調維持に努めて下さい。岡村、昨日手紙ありがとうネ。一人チビリチビリとウイスキーをなめ、読ませていただいた。返事はブログが終わった後で・・。




秋穂、ハガキは着いたかい。いろいろ心づかいいただいて有難う。ブログでちゃっかり用を済ませるというのも便利ですね。
本を書くこともそうだし、何かを身につけていくこともそうだと思うけれど、らくをして手に入れたものや身につけたものって、いつまでも続くものじゃなく、いつか自分の中から忘れ消えていくことの方が多いものだ。身につけても余り役に立つことが少ないし、そういうものほど中身がないから、あきがくるんだけど、そんな人生の時間、命の時間を使っちゃいけない。コツコツと日々静かな汗を流し、手に入れることのできる本物をつかんでいかないと。本物には身につけたことをさらに越えていく力がある。それが本物の生きた力、つまり生命力なんじゃないかな、橋本哲学に心酔しているなら、先生の「からだの設計にミスはない」か、「生体の歪みを正す」の一冊位は、書き写しながら読んでほしい。


そんなことは面倒臭いし、時間もかかる。でも、面倒くさいことが自分の底力になっているんだよ。操体はネ、人生の総合学習の場なんだと私は思っているんだ。特に我々はそれを生涯の天職にもしているのだから、これは一人一人の人生にとって、スゴイ底力になってくる。人生の総合学習を生涯の天職にする。誰れにでもできていそうだけど、なかなかそれができないんだよ。生涯をつうじてコツコツ静かな汗を流せる学びをつかんだということは、スゴイことなんだ。
日々コツコツ静かな汗を流す学習がないと、それは日々生きてはいるけれど、やることがない。生活のためだけの人生で終わってしまう。
生涯学びつづけていけるものがあって、思考していけるものがある人生ってとてもとてもリッチな人生なんですよ。学びつづけていく糧がないってことはむなしい人生なのだよ。また。加齢していくなかで、人生そのものにあきてしまう。その人生は自分のものですから自分にあきてしまうってことです。なんとも背筋が寒くなりませんか。そんな人生の日々は毎日が長すぎるんですネ。学びのない人生って毎日毎日が退屈で長すぎる。命あって長生きさせられるだけの肉体生活って空虚ですよネ。健康でいられるという保証もないし、だからこそ今、若い内に人生の底力を蓄えておく必要がある。人生の本当のたのしみというのは生涯学んでいくことのたのしみにあるんだと思う。それは若い時から、その土壌をコツコツと構築していくことにある。




フォーラムの同志の大半は青年ばかりで、そこまで人生の意識はないと思うし、考えることもないだろうが、若いっていうことは一瞬の時間なんだよ。そんなことも想像できないだろう?でも一瞬なんだよ。成人式を三回クリヤーするとネ、それが実感なんだ。50、60になって第二の人生、老後の人生なんて考えてももうおそいんだ。辻君よ、岡村よ、横森よ、君達は若い。夢も希望も、これからいくらでも適うだろう。それが若さだ。しかし静かな汗を流し学びつづけることを面倒臭がり、らくを決めこんではいけないよ。


らくをいくら積み重ねたところで、その先にあるのは奈落なんだ。決して至福な人生が待っているわけじゃない。
コツコツ学びつづけ思考するってことも。そうらくなことじゃない。人生の底力ってなにかって、おまえの未来につながる人生、そのものだよ。その未来につなげる人生を、今から充分仕込んでおく。それが人生一生の底力なんだ。おまえの人生は人のものじゃない。おまえ自身のものだ。おまえの人生はおまえしか味わえない、決して他人の人生じゃないんだ。親の人生でもない、おまえ自身のもののなかにある人生そのものが、そうなんだ。


「赤めだか」読んだのか。
談志師匠は弟子にむかって自分自身の生き方、人生を説教しているわけじゃないんだ。このオレのように生きろ、なんて言っちゃいない。おまえ自身の生き方、人生を説教しているんだネ。





三浦寛


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