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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

祖母に感謝。

五日目よろしくお願いします。

昨日は祖父の話がでましたので、今日は祖母の話を書きたいと思います。


私の両親は仕事が忙しかったこともあり、子供の頃は同居していた祖父母に面倒をみていただいていました。

私の両親は、私のためによく叱ってくれました。イタズラをしたりよく怒られることを友達とやっていたのでしかたないのですが・・・。夜の真っ暗な土蔵が反省場所になったり、火鉢で叩かれたりなど本当によく叱られました。

叱られた後は、きまって祖父母がフォローしてくれました。本当に優しい祖父母でした。そんな優しい明治生まれの祖父母ですが、私が15才の時に祖母が、19才の時に祖父が他界しましたが、沢山の思い出が残っています。その中でも祖母の伝説?を書きたいと思います。


祖母の名前は「ちう」です。この名前は嘘か本当かは分かりませんが、祖母は酉年生まれであり、トリはチュウチュウと鳴くから「ちう」と名付けられたとのことです。チュウチュウはねずみの鳴き声じゃないの?と疑問にも思いましたが・・・。

今では考えられないのは、名前だけでなく服装もこだわっていました。祖母は着物しか着ないのです。だから洋服というものをもらっても、みんな近所の方々にあげていました。
すごいこだわりのある祖母ですが、ひとことで言うと本当にすごい祖母なんです。

あるエピソードを紹介します。

祖母はみんなから「おちゅうさん」と呼ばれ、毎日誰かがお茶を飲みに来ているような人気者?です。家の前を通る人には、「お茶のんでけぇ」、セールスマンにも「お茶のんでけぇ」、物をもらいに家を廻ってくる人にも「お茶のんでけぇ」と誰にでも「お茶のんでけぇ」となるわけです。なので、家に帰ると誰かがお茶をのんでいるのです。なので「あの人だれ?」と聞くと「知らない」ということがよくありました。

あるとき、「なんでそんなに知らない人にも、誰にでもお茶をすすめているの?」と聞いたことがあります。祖母は「子供が、孫が、さらにその子供達が、いつ・どこで・誰にお世話になるかわからないから、人には親切でいなければいけないんだよ。」と言いました。そのとき子供ながらに、やさしい想いに守られているんだなぁと感謝の気持ちになりました。いつも自分のためでなく、人のためにと考え行動をする祖母でしたが、今おもえば自己犠牲の心とは簡単のようで奥が深い気がします。ただ人の親に自分がなり無償の愛ということが少しずつですが理解できるような気がします。


今この場にいられるのも、天地の恵みと親や祖父母やさらには先祖の方々、たくさんのこの世界の愛情に支えられて生きているんだなぁと思い、自然と感謝の気持ちになります。

ありがとうございます。