東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

「コレクション」

 おはようございます。ブログ書き込みの週の朝はどうも目覚めが早くなるようです。今朝は、朝と言っても夜中の二時半。それでも四時間余りは熟睡しているし、近頃は昼間でも眠いなと感じると20分ほど上手に仮眠できるし、寝不足ということはない。仮眠をいかに上手にとるかによって、大切な時間が使えるんじゃないかとと思う。とにかく、一日24時間しかないのだし、いかに活用していくかは、人生一生のテーマかもしれない。
 今日は「コレクション」と題してブログを進めていきたいと思います。
今週の月曜日、昼休みの時間を使って医道の日本社・編集部の赤羽さんが取材にみえる。医道の日本社の月刊誌も、いろいろあの手この手と企画を立て、機関誌の内容を充実しようと試みている。去年八月は、「風鈴随想」の企画に執筆を頼まれ、原稿を送った記憶がある。今夏は「自慢の一品、コレクションを拝見」という企画の中での取材であった。僕の治療室は自慢じゃないけど「収集品の宝庫」になっている。待合室も治療室も収集した骨董、コレクションで埋まっている。その上、猫のシモン君もいればルーパァウーパの黒子もいる。ところで最近のシモンは患者様の見送りを覚えるようになった。治療後、玄関先まで見送ったり、外に出て見送ったりするのだ。玄関先まで見送る患者さまと、戸口の外に出て見送る患者さまの区別をどうシモンは感じ分けているのか、謎である。ご主人に似て、少しづつ賢くなっている。ふと、シモンのやつは私の助手のつもりで患者様の接待をしてくれているのかなと思ったり、猫嫌いな患者様でもなぜか、このシモンには抵抗がないみたいだ。人間は猫をみて猫と表現するけれど、当の猫はネコと思っていないのだから、何か変ですネ。患者の中にはアレルギーを持っている人もいるけれど、かといってこのシモンにはアレルギーを感じないようである。僕の躾は厳しいけれどコイツはめげることがないし、とっても性格がいい。都会じゃえさを探すのも大変だし、猫同士の縄張りもあるし、飼い主のご主人がいてくれれば、飢え死にする心配もない(そう思うのは私だけか)。シモンのヤツもこのご主人には逆らわないほうがいいと思っているのだろう。野良ちゃんであっても、品性があって性格がいいヤツがいると、愛情をもって接してあげれば、性格もかわるのは確かだな。元々ヘコんでるイノチなんてあるものか。イノチとはそういうものなのだ。
 一緒に同居していると、なんら人間と変わらないものネ。ですから可愛がる人間のきもちがよくわかる。家族なんだな。そのうちに私の表札の横に「ニナ・シモン」の表札も作ってあげようと思う。ひょっとしてハガキや手紙が舞い込んでくるかもニャ。「おいシモン、お前にラブレター届いているぞ」と言ってあげても全く違和感がないんだな。
 ハハハ、脱線しちゃいました。ついでにもう一つ、近頃、このシモンは「マンマ」(食事)という言葉を覚える。シモンはそれだけじゃないよ、お前さんのことは全部お見通しだよと言っているようだがネ。


 初診の患者様は、治療室のこの光景を見てア然とし、あっけにとられてしまう。ある患者さまは来る場所を間違えたとばかりに尻込みしてしまう。治療所とは似つかぬ、余りにも異なる別空間の世界だ。仰天するのも無理はない。僕自身が治療しているという意識感覚がますます薄れてきているから、こうなっちゃうのか、ホテルオークラの橋本保雄さん(橋本先生の三男の方)が、生前「あの治療室なんとかしろ」と再三僕にごしゃいていたなァ。言い訳はせづ、「ハイ、ハイ」と返事はしていたのだけれど、未だに実行に移されていない。生返事でとおし続けてしまっているところを見ると、しっかりと私らしさがしみ込んで馴染んでしまっている。私も相当なガンコオヤジである。あの世で「三浦のヤツはどうしようもねぇナ」と、ぶつぶつ小言を言ってるに違いない。
 保雄さんは、日本ペンクラブの会員でもあった。何冊もの著書を出版している。アマチュア無線の資格も持ち、大型のハーレー・ダビッドソンを乗り回し、車好きの方でもあった。愛車はBMWの5シリーズだ。私にBMWを勧めてくれたのも保雄さんである。「三浦君、トヨタセルシオもいいけど、BMもなかなかいいぞ − 良かったら青山の支店長紹介するから」と言ってくれた。2、3日も立たずに支店長から電話が入り、三茶に持ってきてくれたのが今乗っている7シリーズである。支店長がもってきた車だから、迷わず買ってしまう。この支店長というのが、世界で一番BMWを売った伝説の日本人、飯野氏である。ある日保雄さんから「BM購入したようだな、どれ、一度オレに見せに来いよ」と言われ、約束の時間、オークラに乗っていくと、車を見た瞬間、「おまえさん、7シリーズ買ったのか。オレでさえ5シリーズで手一杯なのに、とんでもないヤツだな」と、ご愛嬌にも一喝されてしまった。運転していいかとかどれどれと発進する。なかなかいいじゃないか、とニコニコされている。
保雄さんが副社長職を退職される年に、かなり著名な画家から贈られたといふ、鳳凰の絵と、観音様の二点をいただいてしまった。それがベッドの上につり下げている絵なのだ。患者がベッドに休むと、顔の真上にその絵が見える。
 私のコレクションの中で、今でも心残りなものがある。それは濃い深みのあるグリーンの91年型のポルシェである。とにかくほれぼれする車であった。僕が49歳の時運転免許を取得したのも、このポルシェが手に入ったから。ジャジャ馬のポルシェであったが燃費がかかる。修理代もおどけじゃない。5,6年乗ってついに手放してしまったが、床の間のスペースがあったら廃車にして飾っておきたかったなと今でも残念に思う。これほど美を追究した車はない。