東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

 臨床家の条件?

おはようございます。
森田です。

また怪我と病院の話に戻ります。
初診時の縫合、次の日の包交、受傷6日目の包交、10日目の抜糸とそれぞれちがう先生4人に診ていただきました。
そのうち、縫合と抜糸をしてくださった先生を通して感じた事があります。

縫合してくださったのは一見神経質そうな50才前後のドクター。疲れているようにも見えるが、こちらの質問にはちゃんと答えてくださるし、不機嫌というよりクールな感じの方でした。

この時残念だったのは、側にいた女性看護師の対応。

ドクター「止血するからネラトン持ってきて」
看護士「はい」  と、チューブ状のものを手渡す。
ドクター「これじゃ太いよ。ネラトン(泌尿器用の細いチューブ)持ってきて」
看護士「ここにはこれしかありません」の一点張り。
ドクターはさらに「それがないと縫えないよ。持ってきて」というも、「だからここにありませんって」と、しばし膠着状態。処置が始まらない。

えーっと、患者は指を押さえて痛がってるんですけど?何されるかわからなくて不安気に待っているんですが(汗)。心の中で訴える私。

動こうとしない看護師に業を煮やしてドクターは「手術室開けて、って守衛室に連絡して」と言い残し、ネラトンを取りに退出。
残された看護師は、通りがかった同僚に「先生自分でとりにいっちゃったよ」と苦笑い(爆)。苦笑いしている場合じゃない。看護師、自分が止血されずに縫合されてみろ〜!!こころで悪態をつく私。

先生、戻ってきて少々機嫌悪そうに開始。
それでもこの先生のちがうなと思ったのは、黙々と麻酔、縫合を進める姿である。
感情には振り回されず、淡々と処置終了された。
インフォームコンセントも後日振り返っても納得のいくものでした。

大病院の医者と看護師の関係ってそんなものでしょうか。これではドクターも仕事しづらいだろうな、と思いました。


抜糸は30代後半のノリと調子のいいしゃべりのドクター。
「は〜い、じゃ、抜糸しますよ〜」びしびしびしっと作業開始。私が痛がっている様子はみていないようだ。私が思わず唸ってからだをよじると、
「痛いかな〜?」。といいつつ、ぐいっと糸を引いている。

うーん、ノリはいいけど、私のからだがほっておかれているような感じで気になります。腕は悪いわけではないのでしょうが、なんでしょう。この心地の悪さは。私のアタマは理由がわからないけれど、からだが「イヤイヤ」して痛がっている。
ああ、気が浮いていて臨床をすると、患者のからだにはこういった影響があるのか。

確かに、大病院で早朝から次から次へ大勢の患者さんを診なければならないのだから、機嫌良く処置してくださるのはそれはそれでありがたいことなのですけどね。しかし、こうして2人のドクターに施術していただいて感じたのは、からだは目の前の人の波動をキャッチして反応しているということ。落ち着いて淡々と処置してくださったドクター(看護師の残念な対応にも影響されない精神力?!)には、痛い事をされても落ち着いて受け入れることができた。からだも納得していたということだ。
大した痛みでなくとも、気が浮いている人にからだを扱われると「からだが分散する感じ」と言ったら良いのか、こちらのからだも状況を受け入れにくい。必要以上に痛みを感じてしまう。
自然治癒力のスイッチがオンにならない。

縫合してくださった先生は、取っ付きにくくて、話しかけにくい印象。反対に抜糸の先生はノリが良くて話しやすそう。
街で出会ったら私はどちらと仲良くなろうと思うだろうか。
アタマはだまされるかもしれないが、からだはだまされない。


操体はこういった微妙な所を意識しないでは臨床ができない。

気を落とした状態で臨床ってどうすればいいのか。
それは般若身経をはじめ、気を耕すことなど、今まで勉強してきた中に答えはあります。

自らを振り返ってみて、改善すべき点が見えてきました。
プライベートではのびのびした自分でもいいかもしれないが、臨床スイッチはしっかりいれておけなければならないのですね。


森田珠水