東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

吸いながら動かない。


昨日、草むしりについて書きましたが、草むしりをする時、手は小指側、足は親指側を利かすということに加えて呼吸(呼気)に合わせて草を抜くようにすると、また一段と能率的になり、作業がはかどるようになります。
橋本先生も身体運動の法則を説いた著書のなかで、呼吸との関連として「急速、強力な運動は、呼気か、息を止めてしなければならない。吸う時には運動神経が働かない。試合で隙を突かれるのはこのときであり、ギックリ腰もウッカリ吸うときにやられる。」と書いておられるように、息を吸いながら作業をしていると、能率うんぬんより先に、からだを壊してしまいます。
また、こうも書いております。「すべての随意筋によるところの運動は呼気の時間に完了すべきもので、吸気においては重心と中心とを集結して動作できがたいものなのである。息を吸いながら力のこもった動作ができるかどうか、ためしてみればすぐわかるであろう。」
気乗りはしなかったのですが、草むしりでためしてみました。
草を抜く時に、からだをかがめた状態から、息を思い切り吸い込みながらやってみたところ、てきめんにバランスは崩れ、背中にピキッという嫌な音がしたかと思ったら、なんだか息が痞える感じとなり、左の胸が痛くなり、触ってみると胸の筋肉がしぼんで、のぺ〜とした感じとなってしまっていて、左手を前に出したり、上に挙げるような動作で肋骨に強い痛みが走るようになってしまいました。
そして、腰背部に空気の溜りが出来た感じで、前かがみになると左の背中にグリュグリュとお腹がなるような変な音がして、これも不快です。
腰が痛い、背中が痛いという経験はありますが、こういう事ははじめてで、ビックリするやら、痛いやら、不安感やらで本当に困ってしまいました。
しかし、こういう時こそ操体を学んでいる者としては、新たな学びのチャンスでもあります。
困っている自分の心の中では、逆に児玉清がコブシを握りながら「アタックチャ〜〜ンス」
と言って出てきています。
ここはアタックチャンスに「のって」、自力自動による自力自療を成すしかありません。
けっしてここで「そって」はいけません。
もとより、立っているのも、腰掛けているのもツライ状態だったので、横になって休んでみます。
何気なく、気になっている左の胸が下になるような横向きとなりましたが、念の為、他のポジションも試してみますと、仰向けになっても、うつ伏せになっても、右を下にした横向きになっても呼吸が苦しく、どこかしらに痛みも感じ、最初の左を下にした横向きが一番落ち着く感じでした。
この状態から、からだはどうしたいのかという要求が感じとれるようにと、安静にしていると、左手を肩口へ引き込むような動きの要求が感じられたので、左手の小指側を意識して、ゆっくりと床と接触している前腕がこすれる程度の小さな動きで引き込んでみました。
はじめに首の付け根から肩にかけて、水が流れていくような清涼感を感じ、気持ち良さとしてききわけられ、味わっていると呼吸も気持ち良くなってきて、呼吸の気持ち良さも味わっていると意識が遠のいて30分ぐらい熟睡してしまっていました。
目が覚めると、仰向けになっており、呼吸の苦しさもなくなっており、最初に確認していた腋の下の胸筋をのけた奥の肋間筋部の圧痛も和らいでいました。 
かがんだ時の左腰背部のグリュグリュ音は依然ありましたが、息苦しくて何もする気にならないといった状態からは脱していました。
このまま、無理をしなければ大丈夫だろうと楽観視していましたが、翌日は臨床以外の仕事が忙しく、ここで無理をしてしまい、また痛みがぶり返してしまいました。
火元の種火はまだ鎮火しておらず、ここぞとばかりに燃え広がろうとしているようです。
どうもこじらせてしまった様で、前日のように快を聞き分け、味わおうと試みても、なかなか味わってみたい要求感覚を満たすとまではいかず、この日は丸一日息苦しくて、喋るのもままならず、ただただ左の胸の痛みに耐えているという感じでした。
そして、翌日は勉強会の日だったのですが、この日も朝から調子が悪く、前日の胸の痛みを引きずっているという感じでしたが、実技の実習で介助を与えられての動きをとおすことが出来、自力自動ではちょっと困難な、介助があるからここまで動けるといった感じの、全身がより良く連動しての快のききわけが出来、からだの要求感覚を満たす気持ち良さを味わうことが出来ました。
勉強会が終わる頃には、息苦しさも和らぎ、左手を動かしても気にならないほどになっており、そしてこの日の晩は特に良く寝た。10時間は寝ただろうか。眠くてしょうがなかった。寝ているあいだも、からだは本来の姿を取り戻そうと働いてくれていたようで、非常に寝相が悪く、起きた時は布団から2メートルぐらい離れたところにある座椅子を枕にして畳の上に寝ていた。
寝相の悪さもさることながら、自分の体調の良さにも驚いた。
「気持ちよさで治る」。これを身をもって体感するということが出来、自分が仕事としてやっていることのすばらしさを改めて認識しました。
操体は自力自療ですが、これはからだの感覚を聞き分け、聞き分けた快に従うということで成立しています。ですから、その聞き分けまでの過程が自分ひとりでは困難な時は、他の人に介助してもらったほうが良いと思います。 
その介助も、誰でも出来ることになっており、これは理想論ではなく本当に実際に誰でも出来ることなのですが、頭の思考でもって誰でも出来ることを出来なくしている部分というのはあると思います。
治療法に関する知識が多い人ほど、「こんなことで」と否定的に思ってしまい、出来なくしているのかもしれません
まず、やってみる、否定想念をすてて「のってみる」ということが肝要かと思います。
「気持ち良さで治る」を信念として実践している人の介助は、触れられるだけでも実際に気持ち良く、技術、テニックに縛られている次元を超えてしまうのです。
勿論、相手の動きをより良くサポートするということに関しては日々、研鑽を重ね、精進しております。
東京操体フォーラムのメンバーは皆「気持ち良さで治る」を信念として実践しておりますので、気持ち良さの聞き分けまでが、上手くいかないという人は、「気持ち良さで治る」を信念として実践している人に介助してもらって、からだ本来の気持ちよさをききわけ、味わってみることをお勧めします。
また、8月28日(土)、29日(日)は京都の大徳寺にて東京操体フォーラムが開催されます。
メインセミナーは三浦理事長による「動診における介助法〜動きをいかにサポートするか」です。
操体法には何々に効く操体法というのは存在しませんが、「気持ち良さで治る」のです。
気持ち良さをききわけ、味わうといったなかで、操者がどのように介助して、
「気持ち良さで治る」ということが成り立っているのか、興味がある方は是非参加してみてください。



友松誠


8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催

9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催