東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

妻と最期の十日間

 私が写真家の桃井和馬さんに初めて会ったのは、10年ほど前だったろうか。友人の旦那さんが経営する、新宿歌舞伎町のバー、エポペだった。
 エポペはフランス人神父ジョルジュ・ネラン神父が始めたバーで、「美しい旅」を意味する。遠藤周作も通い、ネラン神父は小説『おバカさんの』モデルにもなった。
キリスト者だけでなく、いかなる思想、宗教の客ももちろんウェルカムの店。私も友人とイベントの帰り、誕生日にと、区役所通りのバーに通った。ここではキリスト教の話ばかりではないが、たまに聞く常連さんの話に耳を傾けると、キリスト教徒でも、信仰の考え方の微妙な違いがあり、洗礼を受けた理由など人それぞれで、キリスト教のイメージを変えてくれた場所である。
 
 桃井氏とは、出身地が近所だったのと、からだの話に興味があるということで、何度か話をさせていただいた。エネルギッシュな飲み仲間の兄さんというムードで、初めて会う人にも気さくな、弱気を助け強気をくじくイメージの魅力的な存在だった。ただし、飲んでいる時は基本的にくだらない話で盛り上がり、戦場や紛争地域での仕事の話はあまりきかなかったのだが(当然かもしれないが)。

覚えているのは、機材を抱えた過酷な旅でつらくなったからだの養生について。また、操体鍼灸(鍼があれば、薬の不足する地域でも治療ができるから持っていきたいなと言ってましたっけ)、家族の話だ。綾子さんについての話を聞くたび、1本スジの通ったカッコいい面白い女の人だと思っていたので、いつか会ってみたいな、と思っていたのである。

 私のエポペ通いが間遠くなって数年後、友人から綾子さんの訃報を聞いた。桃井氏にとって私は多くの知り合いの中のひとり。私のことは覚えていないかもしれず、厚かましいか?と思いつつ、なぜか綾子さんに会いにいかなくてはと教会に足を運んだ。理由はわからないが、行かなければ自分自身が後悔するような気がしたのだ。

それから3年後、桃井氏が「妻と最期の十日間」を出版され、読みたいがためらっていた数ヶ月を経て、ようやく読みおえた。

*「 妻と最期の十日間」

妻と最期の十日間 (集英社新書)

妻と最期の十日間 (集英社新書)


 これは41才にして、妻の綾子さんがくも膜下出血で倒れ、桃井氏が看取った10日間の記録である。フォトジャーナリストとして目にしてきた人間の死から、いま撮りたいもの、娘さんのこと、脳死判定、グリーフケアなど、人の生と死に関わる現実を魂を削って著されたものだ。


貧困、抑圧、暴力等、ショック状態など非日常の極限状態におかれると、人は簡単に狂うことできること。

信仰への純粋な気持ちから、善良な一市民が当たり前のように殺人を犯す可能性があること。

家族を養うためにイノチを削って売春宿で働く女性、また彼女らを人として扱わずに買っていく男性たち。

マフィアの狙撃手のもつ、指一本で他人の運命を左右できる快感、全能感について。


 これらは日本に生活している我々が身につまされることのない話である。イノチの重さはその時、場所によって変わるという事実をつきつけられる。



私が訃報を聞いたずっとあとに足を運んだ彼の写真展。品川だったと思う。ギアナ高地ガラパゴスタンザニアの大自然の美しさと、紛争地区のその後の村に生き残る人々の閉ざされたこころ、また反対に小さくとも力強く生きる命を見た。以前と被写体が変化してきているようだった。

 この本をよむと、現在の圧倒される美しさの作品は、桃井氏一人で撮るようになったわけではないのがわかる。こころが揺れ、折れそうになった時に、綾子さんの厳しくも熱い支えがあって成し遂げられたものなのだ。
綾子さんのような支え方が今の私にはできるとは思えない。「自分は綾子に気に入られたいから写真を撮り、文章を書いているのではないか」という(だけでない、随所にあふれている)箇所に愛と感謝がこめられており、この本はラブレターなのだとも思う。


妻が倒れてからの十日間、何を対話したのか。
最後まで読むのは辛いかもしれないけど、読んでほしい。


大切なものを大事にして生きているか。
大切にして生きるとは、どういうことか。

を、まっすぐに胸につきつけられてしまう。


大切な存在を大切にして生きる。
それは人かもしれないし、形のないものかもしれない。


当たり前なことだけど、いっぱいいっぱいの日常の中で
それを忘れている自分がいる。



あなたにとって、たいせつなものはなんですか?



森田珠水


2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

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