東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

二日目

平直行氏の父親が息を引き取った。享年八十歳。親が息を引き取る時、彼はその死をみとりながら大泣きしたという。
その時、自分は幼な子に戻り、父親は若き日の父に戻っていたという。
私も父と母を亡くした時、大泣きした。
母との別れの日、出棺を目前にし、親族がその棺に手を合わせ、最後の別れをしている時、あたりはばからず私は大泣きした。
「おふくろ、ありがとう」の言葉を添えて大泣きしたのだ。泣くだけ泣いた。
こんなに涙があふれてくるものなのか、大泣きすることで、一切がふっきれてしまった。涙はありがたい。
何故親族、我が兄弟姉妹はぐっとこらえているんだろうかと不思議に思った。
私はまだこの先も大泣きするだろう。外のお袋さんが何人もいるからだ。
実の親ではないけれど、我が子のように叱りつけ、諭して育ててくれた人がいる。
そういうお袋さんは、皆すでに八十歳を越えている。
そういう人達は、若き日の私を、そのまま今にかぶらせてくれている人達だ。

あるお袋は、よー帰ってきた帰ってきた、と肩をたたいて下さる。
「また忙しいなか来てくれたの」と、声をかけて下さるよ。ありがたいよ。
大切に想う人とは、縁を切るな、遠くとも会いに行け、忙しいから会いに行く時環(じかん)をつくりなさい。
旅費がなくて、借金しても会いに行け、恩人や私の想い出を記憶している人は、いつまでもこの世にいないぞ。
会うほど話しがないってか。相手がもちかけてくるよ。おまえが知らない自分を知って見ているからネ。
おまえと相手も若ければ、ハガキか電話でもしろ。
声を聞いてやれ。おまえに話すことがあるだろう。そんな相手がいない人生も、わびしいぞ。つらいものだぞ。