今週は操体法東京研究会のヒヨコちゃんこと中谷の担当でございます。
一週間よろしくお願い致します。
三浦先生と道元といえば、実行委員ブログを読んでいただいている方ならば
すぐにピン!とくるんではないかと思います(道元と橋本先生)。
とってもスゴイお方です。
そして曹洞宗といえば只管打坐。「ただひたすらに坐禅する」ということなんだそうですが、
「まぁそういうことなら・・・」ということでワタシも曹洞宗のお寺へ坐禅に通ったことがあるんです。
(今は仕事の都合などでなかなか行けないのですが)
ワタシはヒヨコちゃんですから、坐禅そのものの意味なんてわかりませんヨ。
でも、朝早くからお寺で坐ってるってだけで、何となく気持ちがいいもんなんです。
が、たまにその気持ちのよさが油汗に変わっちゃうときが・・・。
朝ですからトイレに行きたくなっちゃうんですねぇ。
小さいほうならまだいいんですが、風雲急を告げる大きいほうのときはホントにまいっちゃいますヨ。
ワタシにとっては坐禅以上の荒行ですぜ。
まぁそんなことはどうでもいいんですが、曹洞宗と同じ禅宗の中に臨済宗というのがあります。
ひたすら坐禅することを重視する曹洞宗に対して臨済宗では公案も非常に重視するといった特徴があるそうです。
公案ってのは、
「はい質問です。両手を打ち合わせると音がしますが、片手ではどんな音でしょうか?」
みたいな、よくわからんアレのことですよネ。
そうした公案集の代表的なものとして『碧眼録』、『無門関』、『臨済録』などがありますが、
ワタシのようなヒヨコちゃんにはとても読み解くようなことはできません。
でも、パラパラと読んでるだけでも結構面白いですし、
操体(臨床)の参考になるような気づきも案外あったりするんです。
つづく
中谷之美