東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

 使命は元気、正義です。

去年11月に、医道の日本社と正式に出版が決まり、正月を返上で執筆に励む毎日である。

どうしてもやり残していることに気づき、数年前から原稿を集めていた。
今日はからだの動きに対応する、操者側の介入「介助、補助のかけ方、与え方」がテーマとなっている。
操者側に立って、見落としていたところの検証である。

特に、からだの動きに関与する操者の介助、補助は、特に見落とせないテーマの一つである。
私が48年前に習ったのは「患者の動きに抵抗を与える」であった。
これは二者択一の選択、つまりどちらが「楽か辛いか」の診断と操法の問いかけの時代である。
現在は、快適感覚の快に問いかけ、それに従った診断と操法に移行しつつある。
その移行にそって、新たな問いかけが生まれるのも当然である。
患者の動きにかわり「からだの動き」に変化し、抵抗が介助、補助に言語統制され「からだの動きをサポートする」という意味にかわった。

からだの動きの極限安定率を考慮すれば、基本8つの動きに適(かな)う、介助法、補助法が必要になる。

これは、その動きに適った、全身形態の合目的連動性にも関与してくる。そして、動診の要(かなめ)である、快感覚のききわけにもかかわってくるのだ。

その動きに適うことが、この操者への介入なのだ。
それを満たすのが、介助補助ということになる。
この介助、補助のかけ方、与え方は、日々の臨生(りんしょう)の中で習得したことであるが、40数年前に手ほどきを受けたことはなかった。

臨生をとおしてのお土産だった。
私はその介助、補助のかけ方、与え方を一つ一つデッサンして、残しておいた。
今にして役立っている。

神が創造した、被造物である。身心(みこころ)に触れる学問は愉しいことだ。

私は感謝している。
「神をデザインする」気持で、からだの動きをデッサンし、デザインする。とても愉しいと思う。
今、数百枚あるデッサンに手をくわえて、修正中である。

ついに目に疲労がたまり、充血してしまった。
右手の中指のペンダコも、何度もそぎ落とした。
ペンダコがもり上がってくると、神経をハリでつついたような激痛が走るのだ。

この出版も、操体にかかわる私の使命です。
使命は元気、正義です。