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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

おなかのきもち。・・・2

おはようございます。

 昨日は、おなかの中、おなかの環境にも想いを馳せ、おなかの快もききわけるということを書きました。
 

 私たちは、目に見えるものから目に見えないものまで、様々なものによって生かされている。その中の一つに細菌がある。細菌というと、あまり良い印象は受けないと思うが、自分たちが生きていけるのも細菌が居るお陰だし、また死、つまり肉体を脱ぎ去り帰一できるのも細菌が居てくれるお陰である。

 人間のからだには、常在細菌と呼ばれる細菌が大量に棲息している。勿論、外部環境には人間の存在を脅かすものも居る為、皮膚、鼻腔、口腔、消化管などで、存在を保てるよう働いてくれている。なかでも腸内細菌は、免疫力の70パーセントを担っているという.

 考えてみれば、私たちは雑食性であり、色々なものを食べている。よく食事会の時に、珍しいものが出てくると「コレを最初に食べた人って凄いな〜」という話になるが、それも腸内細菌が居てくれるお陰でもある。普段、おいしいと言って口にしている食べ物の中にも、直接血液に混入したりすると、ショック症状を起こして死に至るものもあるという。

入れ場所を間違えば危険なものも、膨大な数の腸内細菌が居てくれるから、受け入れることができる。腸内細菌が居てくれるお陰で、消化器官は食物を栄養素までしてしまえる。そして消化管は、それと共に食物中の抗原や常在細菌の産物と接触し続けて、免疫系を巧妙に調節する役割を果たすことが出来ているのだと思う。


 目に見えるものは、目に見えないものに接触している。そして、目に見えないものに生かされている。食物など外のものを取り入れる消化器官と腸内細菌、皮膚、鼻腔、口腔など外部との接点と常在細菌。そこには常に自分の存在を存在たらしめているものが居る。

 なぜそういうものが自分のからだのまわりに居てくれるのか。これも目には見えないが、太極の意志である愛と調和が、どんなものにも貫通し自在して、イノチとしてのバランス感覚を有しているからだと思う。

 その調和のかたちは様々だと思う。腸内細菌だけでも百種類以上、百兆個以上もの細菌が居るというのだから。
人間の思考からみて、善玉も居れば悪玉も居る。しかし、悪玉も居なければ、免疫機能はより良く向上していかない。バランスが大切。

 そのバランスの道しるべをどこに求めるか。よくよく吟味していけば、自然法則ということになる。自然法則も目には見えないが、確かに自在する。自然法則に合わせるようにする。その中で快がききわけられる。すべてのイノチは快を求め、それに従おうとするのだから。そういうイノチの快。

 消化器官というのは最も原始的でもある。脳がない生物は居ても、消化器官がない生物はいないはずだ。原始的であるが故に、その調和の仕方は頭であれこれ考えるより、イノチの快に委ねる方が効率的なのだと思う。おなかの快をとおしてのイノチの快。それが免疫系もより活性化して、環境に適応してより良く生かされて生きる、ということにつながるのではないだろうか。