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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

病気と心とからだの歪み②

昨日のつづき

 医学の専門家たちは、日夜、病気と戦っているが、残念なことに苦戦を強いられているのが現状である。
医学が病気の症状を取り除くことはできても、病気のもとを癒すようなことはしないし、事実そうできないのが本当のところだ。それは社会心理学がどうあがいても人々を感化できないのと同じことだと思う。いずれも人間に対して本質的な改善をもたらすことのない、一時しのぎの活動しかしていないように思える。それが証拠に、昨今の医療形態の中には、自分の健康を自分自身でどこまでも追求するように仕向ける、いわば自力自療のシステムが、どこにも見当たらない。人間が自然の法則に適った生活を送るということが、とりもなおさず病気を防ぐ本当の手立てのはずなのであるが、現代人はそうしようとする意志を欠いており、健康は享受したいが自分で健康を獲得するのは面倒だと考えているわけだ。人間というのは何とも横着な生き物である。これでは現世でさんざん悪行三昧を積んでおきながら、それでも来世は極楽へ行きたい、というのと同じようなものである。

 このような医学に基づく薬というのはもともと毒性の物質であり、あるきまった範囲内で投与されたときに限り、有用な作用を示すだけのものである。たとえば、筋肉の緊張を緩めるとか、動脈を拡張させるとか逆に収縮させるとか、心臓や胃などの臓器機能を抑制するとか逆に促進させるとかである。神経系の鎮痛剤や刺激剤、それに何十億というバイ菌を殺す殺菌剤や抗生物質なども、投与を誤ればからだにとってはマイナスである。つまり薬は外部からの、人工的なメカニズムを通じて役に立つわけであり、またその効果も一時的で、使いすぎたりするとそのマイナス面が表に現われてくる可能性が常に存在している。薬はあくまで病気の症状を一時的に取り除くだけのものであって、からだを元通りに回復させようとする個人の執念を要求するものでは決してないということを知っておく必要がある。

 たとえ症状が抑えられて、そのあと健康が回復したとしても、それは薬が治したのではない。外科医が傷を治したのではないのと同じことである。本当に治したのは実は治癒能力という自然の働きである。自然治癒能力というのはしばしの間、患者を静まらすか、場合によっては苦痛を与えるか、あるいはそのほかの手段を通じてとにかく強制的に患者を休息させ、それによって回復のための十分なエネルギーをまず確保する。どんな病気からの回復も、結局は人間の心身の不調和が調和のとれた状態に戻るところにその真の姿がある。この自然の働きを上手く読み解いて味方につけたのが操体であると私は思っている。

 離れ離れになってしまった人間の心とからだが再び一体になること、からだの働きが心のコントロール下に委ねられ、しかもそれが知性的な感情発現のもとで行なわれるようになること。また生体エネルギー資源が人間の本来的な諸機能のために自由に使われるようになり、その結果、間違いだらけの生活様式の中でエネルギーが発散してしまうようなことなく、むしろエネルギー集中が意識的に行なえて病気の根源と闘い、勝利できるようになること。こういったことこそが本当の意味での人間の回復である。すなわち人間丸ごとの回復と言える。

 健康と病気について、インドのヴェーダ医学の見解は、何世紀にもわたって練り上げられてきた。その間、直感的な知識と知恵の経典であるヴェーダの伝統に沿って、実際の経験に照らして試みながら、その見解をはぐくんだのである。ヴェーダに含まれる医学思想は、現代人の知性に合った言葉に翻訳されて、現代のヨーガ指導の中に取り入れられているが、日本医学を提唱する操体にも種々の点で同義とするものが少なくない。それには「自然法則」という基盤を共有するものだからである。
明日につづく


「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?p=813