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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

〜ため込んじゃ駄目よと、言われても〜

瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

「たまり」に必要以上にため込まないことが自然治癒力を発動させやすい
からだの内部環境の条件だと書きましたが、「たまり」がないのに
ため込み過ぎて健康傾斜の歪体化のプロセスを辿るケースもあります。

特に「想」に関して、その傾向が強いように思われます。
「想」という精神活動は言葉や思考、その人のライフスタイルに大きく
影響し、またこの営み自身は周りの環境(対人関係)に大きく影響を
受けています。

ここ最近読み込んでいるアドラー心理学の本の中で、「人間の悩みは、すべて対人
関係の悩みである」とアドラーは説いていると書かれています。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

「想」の営みは人と関わって生きていく環境において、摩擦を受けやすい
営みとも言えます。

「気の持ちよう」とか「病は気から」という言葉のとおり、
「想」がからだに与える影響は非常に大きなものです。
気持ちが沈めば首はうなだれてしまいますし、意気込み過ぎれば肩肘が張ってしま
います。その時の精神状態に合わせてからだは反応します。
放っておけば「ボディの歪み」から症状が発生してきてしまいます。

何か事を成すときは腹を括って初志貫徹、言いたいことも腹に収めて事にあたる。
そういう覚悟が必要な時はありますが、普段の生活の中で言葉にしたいことを
ため込んで我慢していると調和していた健康状態が、「想」の営みから崩れていき、
先に挙げた通り姿勢も崩れ、その他の営み(「息」、「食」、「動」)も崩れてきます。
(便宜上「崩れる」と表現していますが、その状態に合わせてからだが何とか
バランスをとろうとしている自然な反応の意です。)

置かれた状況でにっちもさっちもいかなくて辛い思いをされている方々は
たくさんいらっしゃるだろうと思います。
置かれた状況の中で何とか打開したいと思う方は「気の持ちよう」の中で一生懸命
奮い立たせようとします。「私が頑張れば」、「私が我慢をすれば」…といった具合に。
臨床家であれば何とか力になりたいと思うのは自然な気持ちですが、
気を付けないと「オレがオレが」で返って干渉し過ぎるケースもあったり、
わかったような口をきいて逆に白々しくなってしまったり。

精神的ストレスを抱え込み、不定愁訴に悩まされている方々がたくさん
いらっしゃるご時世ですから、臨床家としてどう向き合っていくかということは
これからの必須課題です。

環境をすぐに変えることが出来ない、「想」の枠組みの中だけで解決する
ことが困難だという状況においても何とか打開したい時に他の営みから
突破口をみつける試みがあります。四つの営みが同時相関相補連動性でつながって
いるからこそ、操体臨床は「動」からアプローチを試みることが出来ます。
「動」からからだの内部環境へのアプローチを試みるんです。

先に「想」と姿勢の関連について触れましたが、良かれと思って姿勢を
正させても、その姿勢自体が苦しく辛いこともあります。
気が沈んでうなだれている人に「さあ、胸を張って」と言ってみたり、
肩肘張って気張っている人に「肩の力を抜いて」と言ったところで、余計に
苦しくなるだけ。それが出来ないが故に悩んでいるのですから。

姿勢というとどうしても静的なイメージ(見た目)で捉えてしまいがちですが
「生き方の姿勢」などというような場合には動的なニュアンスもそこには含まれます。
つまり何かに対してアクションを起こすからだの動きそのものも姿勢の中には含まれて
いるのです。

動きを無視して見た目の姿勢だけを正そうとしても頑張れない状況の人に
「頑張って」と声をかけるようなものです。

操体臨床において「動」からのアプローチというのは無理やり動かすのとはわけが
違います。ゆっくり、ゆっくり表現できる範囲で、からだで感覚をききわけて…
少しずつ、少しずつ「ツクリ」(からだの構造)と「ウゴキ」(からだの動き)の
バランスを快適感覚に身を委ねながら徐々に徐々にとっていくんです。

自然と首がもたげてきた時、自然と肩の力が抜けてきた時、今までため込んでいた
ものがスーッと口をついてくる、ガス抜きが出来てくる。からだの内部環境が変化
し、「想」の営みが変化してくる…

首や肩の筋緊張と精神活動は多分に関係がりますから、首や肩の状態が変化するに
つれ「想」(精神活動)の在り方も変化するのは自然な反応です。

操体とも相通ずる部分が多い「カタカムナ」の本の中で「首をクビ(クヒ)」にする
ことの重要性が説かれています。

カタカムナへの道―潜象物理入門

カタカムナへの道―潜象物理入門

進化の過程で人間は四足歩行から二足歩行になりました。当然首と頭の位置関係も
それに伴い変化しました。首が頭(脳)を支えつつも自由度を獲得し、「ツクリ」と
「ウゴキ」が見事に調和して初めて人間が人間である所以の「想」(精神活動)が
営めるようになりました。言い換えれば「想」(精神活動)を健全に営むためには
首の在り方が重要というわけです。

現代は外的環境(対人関係)によるストレスが蔓延し、姿勢が崩れやすく、結果
首がクビ(クヒ)として機能しづらくなっているとも言えます。
そう考えると操体臨床において「想」の問題を姿勢(「動」)からアプローチし、
からだの内部環境を整え、外的環境に適応できる「想」の営みへと変化させて
いくことはある程度時間がかかっても意義のあることのように思うのです。

「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?p=813