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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

「手入れ」を考える 7

「手入れ」について考えてみると
色々な発見があります。

まったく関係ないと思うような分野の中にも、
「骨董」の世界にも
「落語」の世界にも
実はお手本になるような
その世界ならではの『営み』がある。

そして
「からだ」の世界にも
この世界ならではの『営み』が
あることに気付くのです。

さて、ここで振り出しに戻ってみます。
そもそも
なんで「からだ」に手入れをする必要があるのでしょうか。

一日目に提起しました。
「掃除」を怠ってからだを「使って」いると
次第にからだの方が間に合わなくなって
あっちが痛い、こっちが痛いと
しまいには「大掃除」が必要になり
大変な「想い」をしてしまうから。

でもそれは大掃除という「結果」を避けるための
「手段」としての手入れの捉え方なのかもしれません。

一理はあるのですが、
もうひと味ありそうです。

先の「愛着」の話でも触れましたが
「手入れ」をすると
その「モノ」への意識が変化する。
すると
たとえば、次に
そのモノを「使う」とき
そのモノの「使い方」も変化しているはずです。

手入れをしたものを
「乱暴」に扱うようなことは、そうそうしない。
むしろ
「使うこと」が
「手入れ」に繋がっていくような意識の方向性が芽生えてくる。

そして、その先に
「使うこと」そのものが
「手入れ」となっているような
営みの世界観がチラリと見えてくる。

ここがミソではないでしょうか。

操体でからだの勉強をされている方だったら
言わずもがな。

からだの「手入れ」が、そのまま
より負担の少ない
からだの「使い方、動かし方」に繋がり

また、
からだの「使い方、動かし方」を身におさめることが
からだの「手入れ」に繋がっている。

自然法則という
「真理」に根付いた人間の「生き様」があるのだととしたら
その人間像をからだを通して
自分自身で学習し、実践し、探究することができる。
真理の「ピラミッド」を積み上げていく。

このからだの「手入れ」というのは
単なる「お掃除」にあらず、
自分自身にしかできない
愛おしきライフワークではないかと思うのです。

な・に・かヒビキのあった方は
まもなく開催される秋季東京操体フォーラムに顔を出して
是非からだで味わってみてくださいね。

(さて、ここから先は私の独り言です)

でも
よく手入れされた「からだ」。
それはゴールではなくて
ここからがスタートライン。

真理を身に纏って
「人間」は、何を成していくのか。
その「目的」に触れるような時が来た。

そんな時代に私たちは生き
イノチがけで学んでいる。

一週間お付き合いありがとうございました。
バトンを渡して、明日からは「巧者」
友松実行委員の登場です。お愉しみに!

「2014年秋季東京操体フォーラム」

今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。

メインテーマは「操体進化論」。

特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので

ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。

詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。

http://www.tokyo-sotai.com/?p=813