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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

おさめ⑦

日下和夫(くさかかずお)

 最終日は、呼吸に深く関わっているカラダの酸素欠乏について述べてみたい。

 

 呼吸の第一目的は酸素の摂取である。 心臓からの動脈血はカラダ全身に五百兆を超える細胞に、酸素と栄養分を与えたのち、静脈血に入って心臓に戻ってくる。 心臓から出て戻ってくるまでは、僅か二二秒であるが、血の色は一変している。

 

 健康を維持するために、血液が悪戦苦闘の末、静脈血として見るも無残な姿で戻ってきたのを知れば、ねんごろな呼吸をもって迎えてやらなければならない。 ありとあらゆる悪性腫瘍、いわゆる癌という病気は、酸素の欠乏が素因である。 その原因を理解せずに、オペだ! コバルト照射だ! 抗癌剤だ! といって真因を無視するのはいかがなものか。 

 

 それは癌だけではない、心臓疾患も、高血圧も、神経痛一般の筋肉痛も、素因はすべて酸素の欠乏である。 それなら酸素吸入すればよいなどと、安易な考えを起こしてはならない。 近頃、そういった類のものが商品化されているようだが、緊急時以外は使用すべきではない。 そのような単独な酸素は必ずカラダにとって毒になる。

 

 たとえば、未熟児用の保育カプセルに新生児を入れて酸素を流したために、一生涯視力を失った児がどれほどいることか。 自然は、酸素のほかに、窒素をはじめとする幾十の元素を配合して、地球上の生物に最も良い空気を作ってくれたのである。 その自然から戴いた空気という供給のありがたさを知らずにいたのが、癌であり、高血圧であり、神経痛なのである。 

 

 しかし肉体の疾患よりもっと酸素の緊急を要するのが頭脳である。 酸素が乏しくなると、カラダよりも先に脳をやられてしまう。 つまり、大脳をやられて思考力が鈍ることもさることながら、間脳以下の自律神経が犯されて血行が止まってしまうことになる。 これが難病といわれるものの素因である。 

 

 脳はカラダと比較してはるかに小さいが、酸素を要求する率は、同量の筋肉の十倍といわれており、恐ろしいほどの酸素消費量である。 そのような酸素は脳にとって一番の食べ物であるから、世間に存在するすべての健康法において、呼吸法を含んでいない健康法は、健康法に値しないものということになる。

 

 そんな健康を左右する呼吸法には、さまざまなものがある。 たとえば一般にいうヨーガ(ハタ・ヨーガ)を柔軟体操のように思っている人が多いが、ヨーガの中心にあるものは呼吸である。 その呼吸において、「調息法」(プラーナ・アーヤーマ)という基盤を確かめてから、カラダが必要とするビタミン、ミネラルなどの「食事法」や血液循環に最も寄与する「皮膚法」、それに筋骨の動きである「体位法」(アーサナ)をたどって、瞑想という「精神法」(ディヤーナ)に到達する仕組みになっているのだ。

 

 ヨーガは、伝統的に調息法をとても大切にしてきた。 それは、呼吸のあり方が、心やカラダの状態と深く関わっているということを既に知っていたからだ。 呼吸が浅くなっていると、自律神経のバランスが狂いやすくなって、血管も収縮して血行不良になり、全身が酸欠状態に陥ってしまう。 すると、脳にも十分なエネルギーが行き渡らず、内臓の働きも低下し、カラダは重く感じてくる。 それと、心の働きにも粘着性が出て、イライラしやすくなって、不安感を覚え、思考も消極的になってくる。

 

 このようなとき、意識的に呼吸を調えることによって、心の働きも安定し、鎮まってくるのである。 しかし、そのように呼吸を収めるだけでは十分ではなく、呼吸を収めると同時に、心とカラダの動きも合わせたつながりを収めることが重要だ。 それを実感することで、心とカラダの一体感や統合感も感じとれるようになる。 ハタ・ヨーガのアーサナ(体位法)が発達した理由はここにある。

 

 疾患を持つと、心身ともに不快になってくるものだが、そこで快適感覚を収めることにより、疾患を治めて快癒に導くというのが操体だ。 それには操体操法のみならず、息・食・動・想に加えて皮膚や環境の快意識も相乗することになる。 そしてこれらすべてに共有して働いているのが呼吸であり、共通意識なのである。 すなわち息をはじめとするすべてのつながりを総合的に収めてもらうことをカラダは必要としているのである。

 

 

 明日からは〝皐月のそよ風〟香実行委員の担当です。