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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

古事記より。

友松 誠(ともまつ まこと)

おはようございます。

 先週は5月なのに、台風が来て私の家の方でも、暴風が凄かったです。いつもであれば、薫風を受けて大空をいかにも泳いでいるといった感じの、鯉のぼりを見ている頃合なのですが、暴風でバタバタと吹き飛ばされそうになっている鯉のぼりを見るのは、痛々しい感じで、風情もなにもあったもんじゃないという感じがしました。暴風でケガをされた人もいたようですが、9月の台風にみたいに洪水とか土砂崩れがなかったのはよかったです。みんな地に足をつけて生活しているのですから、地盤や土台というのは大切ですよね。

 天地の地。古事記では、天と地が初めて分かれたとき、高天原に先ず三柱の単独神が出現したとしている。アメノミナカヌシノカミ(天之御中主神)、タカミムスビノカミ(高御産巣日神)、カミムスビノカミ(神産巣日神)であり、アメノミナカヌシは天の中央にあって天地を主催する神であり、タカミムスビカミムスビはどちらも万物の生産・生成を掌る神である。 

 その次に出現したのが、アメノトコタチノカミ(天之常立神)で、地盤となるものが若く脆弱で、水に浮いた油のような状態のとき、葦の芽が泥沼から萌えいずる力から生じ、天の永遠性を神格化させた神だという。その後も大地が整うまで、神代七代の神々が出現する。神代七代の最後に出現するのが、おなじみのイザナギノカミ(伊邪那岐神)とイザナミノカミ(伊邪那美神)となっている。

 イザナギイザナミの神は国土となる島を生み、スサノオやアマテラス、火の神など、様々な神々を生んだことから、一般的にあまりにも有名だが、この二柱一代の神が始まりではない。具体性をもった現象を生みだす神が出現するまでの、その土台創りをした神々も重要であり、そのプロセスや目に見えない創生のエネルギーに意識を向けることも、大切だと思う。

 一番はじめの神の、愛と調和という中心理念によって、混沌から陰と陽の神が出現した。これが万物の根源であり、ここから現象の土台がつくられ、次第に原初の中心理念がより具体性をもった実在となっていった。だから、この世に存在するということは、自在する理念によって実在しているということでもあり、どんなものにも原初の中心理念が貫通しているということにもなってくる。

 先にあげたアメノトコタチノカミ(天之常立神)も、その証であり、葦の芽が泥沼から萌えいずる力も原初の理念の現れであり、その芽生えのエネルギーから天地の交信、フィードバックが生じ、天とともに永遠性をもつ土台つくりへとエネルギーの質の転換が起こっていったのではないかと思う。

 アメノトコタチノカミ(天之常立神)の次に出現するのは、クニノトコタチノカミ(国之常立神)だが、この神から神代七代となり、クニノトコタチノカミ(国之常立神)、トヨクモノノカミ(豊雲野神)と続くが、ここまでは単独神だ。そしてその次からは、ウヒヂニスヒヂニという男神と女神を一対とする二柱一代の神が出現し、より大地が整えられ、土壌も豊かになり、生物をはじめとする万物を育む土台が出来上がってきた。これは原初の理念が目的をもって現われたからなのではないかと感じる。

 そして最後にイザナギイザナミが出現し、土台を引き継ぎながら、目的に沿って、互いにその個性を認め合いながら、原初の理念である愛と調和のもとに、おさめていった。このおさめは八百万の神々という言葉があるように、いたるところで愛と調和の柱を個性的に立てる事となった。そしてそれは生生流転している。どんなものにも原初の理念は貫通しているという事であり、私達一人一人にも、その柱は宿っている。

 その柱を、個性を発揮しながら、どのようにして、しっかり立てて天の中心におさめていくか。その土台となるものが重要となるが、それはもう自然環境というかたちで、つくられており、すでに在る。それをどう活かしていくか。どう自然環境に適応していくかを識っていくことが大事。そうしなければ宝の持ち腐れだ。ではどうするか。答えは自然法則の内にある。自然法則の原究あるのみ。