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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

欠点を好きになる[岡村郁生(おかむら いくお)]

(続き)
操体法及び操体を学びながら、橋本敬三先生の著書を、書き写
せなかったのは、単純に私が素直ではなかったからであり、師
の勧めに「ハイ」と言葉を発することができなかったから。
素直でなければ『本当かな』と疑ってかかり、疑っているから
鵜呑みにできず、結果的にまわりみちをすることにもなる・・・。

藭の祝福を受け、清き言葉を最も受け取る人間は、真っ直ぐに
『ハイ』と素敵な波動で答えて、素敵な波動を共鳴して受ける。

確かにそれは間違いないことであり、損か得かで考えるのも可笑
しいが、『ハイ』と素直に答えることはトクなことこの上ない。

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(※頓智が効いた「ハイ」になれる映画です)

橋本敬三師はなによりも、若き三浦理事長の持っている素直さと
純粋さを持って、「操体」と名付けられた自然法則の応用貢献を
師より託されているのであり、師の意志を継ぐ後継者として充分
期待されていたのであって、これは間違いないだろう。

その点、私はトクをする素直さだけで受け取ることができない。
私と操体。その関係を見つめなおすきっかけとなったのは、昨年
三浦寛幸氏に実行委員長を引き継いだ目的もあるかもしれない。

後に「肩の荷が下りたでしょう?」と、ある方に言われたのだが、
そのような実感よりも、立場で守られていた事実に気付かされた。
事実とは常にリアルすぎて、時に恐ろしいほど感情を揺さぶる。


故に、昨年末「橋本敬三先生の本を写経した人間は手を上げて!」
と理事長にいわれた際、今まで味わったことのない冷めた異空間に
ポンと放り出されたかのように私は立ち尽してしまったのだ。

自分と向き合った途端に、その肩書きが守ってくれることもある。
責任とは、責務を任されており、"場"は人を育てる。
責任もメンター(師)であり、師がなければそれこそ寂しいだろう。

言葉も実感を伴えば体験となる。感情を揺さぶり、自分を照らす。
影に実在が伴なわなければ、辛さも幸せも砂上の楼閣に過ぎない。
「ハイ」の捉え方も同様、目前に現れても伝わらない寂しさはある。

それは、知ることの悲しみであり、愛が愛ゆえの悲しさでもある。
メンターは書にもあり、向き合わなければならない理由は生じた。
                         (続く)


※愛の一言:世に人が関与するかぎり完全なものは存在しない。
      故に、愛のないものだけが欠点を認める。
      愛するものの欠点を認めない限り本当の愛もない。