読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

いとおかし・・・なもの (岡村郁生 おかむら いくお)

(続き)
自己命令をすると脳は妙な抵抗をしつつそれを遂行させるための
様々な工夫をするものだなァ、という理屈もよくわかってきた。
そして、それだけに留まらず意識をカエルような「息」と「想」をも
スピンさせていくさまを味わっているのが愉しいこともわかった。

「万病を治せる妙療法」の写経をやり遂げた姿をイメージしていた。
何かが変わってくるに違いない!そう信じて書き続けてきた。
書き遂げていた人たちに嫉妬していた私だったが、それも落ちた。

あぁ・・・こんなに創始者の想いが伝わってくるなんて、やはり三浦
理事長の教えてくれた通りであった。しみじみと味わい甲斐(快)
のある想念を、書いてある以上の内容を間(マ)を通して噛み砕く。
もう一人の自分に向き合えば、写経も、禊ぎも、夢愛(め)でる。

これは!と感じる卓見には、今更ながら何度も唸っていた。
"生前の身分を知りたい”という師の想いが反芻して伝わってくる。
また、著書中には何回も同じ内容が繰り返されており、ハッキリ言
って私はくどいと思ったが、くどいほどに伝えたいメッセージには
受ける側の想念レベルによって、意識も返って通るもののであった。

・・・過去にその繰り返す書籍について、読書家に話してみた。
彼曰く、素人が慣れずに文章や本を書くと繰りかえすけど、プロの
小説家なら、理由がなければ繰り返し書かないんだよね、と言われ
たことがあり、そんなものかナと、昔考えていたことまで思い出す。

やがて写経も終盤になってくると不思議なことが起こってくる・・・。
頭の奥なのかどこなのかわからないが、広大なスクリーンに言葉は
模様として、色とりどり様々に表現されてきたのである。
師の言葉は、言葉でなく、「共感覚」による感覚、そのものが如く。

この共感覚(シナスタジア)は、とても研究甲斐のあるテーマである。
以前、佐助相談役が「共感覚」について語ってくれたことがあり、脳
と無意識と意識の狭間(胎児〜乳児期)、松果体と胸線(珪素系成長)、
ミラーニューロン量子力学多世界解釈に関係するからである。

それを単純明快、シンプル極まり、誰でも有り難く受け取るには、
「調和」を感じて学び、「愛」をみずからの足元に育むことである。

まさに「愛」とは、一つの方向を同時にみつめてときに絶頂を迎える
ように、気持ちよくありがたく、壁もなく味わえるのかもしれない。
肉欲の愛ではなく、「調和」に結んであるゆえに具現化する「愛」。

昔懐かしいCMコピーではないが、「愛だろっ!愛・・・」という調和。
(こういうオチが書きたくて書いているわけじゃないんだからねッ笑)


※愛の一言:愛こそは私達の良心であって欲しい。
      愛があらゆる心に染み渡るから、私達の世界は変わる。
      わたしたちはどこから生まれてきたか。
      愛から・・・。
      わたしたちはどうやって滅んでいくのか。
      愛なきゆえに・・・。