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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

〜操体と愛(2)〜

瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

商取引の観点からすると、
努力に対する報酬が支払われるのは当然です。

そこからすると、修業程先の見えないものはない。

「ここまでできるようになる」の「ここまで」が
どういう地点なのか修業中にはわからないからです。
ゴールを設定して猛ダッシュという世界ではないからです。
ですから「努力に見合う報酬」といった概念もありません。

「ここまで」の地点に来た時に初めて「ここまで」がわかる。

実際に一つのことを学んでいるとそういうことがよくあります。
「ここまで」が分かるようになると、それ以前に「ここまで」だと
思っていたことが、実は「分かったつもり」だったなんてことも。
そして、人それぞれ「ここまで」に到達するスピードは違います。

「同時期に始めたあの人は三か月で到達したけれど、私は一年経って
ようやくわかる(できる)ようになった」等々。

上記に関して記載された本がこちらです。

修業論 (光文社新書)

修業論 (光文社新書)

皆同じじゃないからこそ、期間が決まっていないからこそ
続けられるということもあるのです。

臨床で思うような結果が出なかったとき、藁をもすがる思いで
様々なテクニックに飛びつきました。結果が欲しかったのです。

その結果、期待通りになることもあればならないこともあります。
「なんでこんなに一生懸命やってるのに結果が出ないんだよ!」
矛先はテクニックそのものや、テクニックを教わった人に向く。
とんでもない勘違いですよね。今思うと恐ろしい。
でも当時はそんなこともわかりませんでした。

「こんなに愛しているのに、なんで愛してくれないの」
愛もgive and takeで語るとこんなことになりかねません。

等価交換の価値観のみになってしまうと方程式に当てはまらないものは
ともすると自分の理解を超えて憎しみの対象になってしまいます。

橋本先生がおっしゃっている「愛と調和」(太極の意志)の「愛」とは
方程式には当てはまらないイレギュラーをも認める懐の深い「愛」だと
思っています。

臨床において人のからだはイレギュラーのオンパレードです。
方程式通りにいかないことの方がはるかに多い。
それぞれにgive and takeしていたら間に合いません。

イレギュラーに対してどのように間に合わせていくか?

操体を学ぶってそういうことだと思っています。
全てのイノチの営みに当てはまると思っています。

すぐに結果は出ないかもしれませんが、
時間をかけてゆっくりと取り組んでいくことのできる
学びだと思っています。

「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
4月29日(祝)に開催いたします。
『目からウロコ』のプログラムを企画しております。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=980