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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

愛と言葉。

おはようございます。

 昨日は、操体の創始者、橋本敬三先生を想い、その歩まれた道のりをちょっとだけ書きました。その中で「この世は現象による『報い』が成立する世界なのだ。愛はあっても、それを現象に反映させなければ物事は始まらない」と自分自身で書いたのですが、読み返していて、「そうだよなぁ」と自分で妙に納得していました。

 操体について何か書いているときというのは、何か自分以外のものに突き動かされて書いていると感じる時があるのです。自分以外のなにかとは、やはり自分と共に在るイノチなのではないでしょうか。
 自分なんてのは、ほんとにちっぽけな存在だ。しかし、自分と共に在るイノチというのは、あらゆるものにつながりを持つ事ができ、無数の記憶を包含していると感じる。
 そういうイノチと、皆、誰でも共に歩んでいる。これは人間に限らず万物、万象につうじるものだと思います。そして、イノチとイノチは時空を問わず、表在的にも潜在的にもつながりをもっている。だから、皆、個性的ではあるが奥底にある良心は同質なのだと思う。イノチとイノチをつなぐもの、それは愛しかないのではないでしょうか。

 「愛はあっても、それを現象に反映させなければ物事は始まらない」自分自身で書いた、この言葉を反芻してみる。そして、愛を現象に反映させるものとは、と考えてみる。色々と突き詰めていけば、言葉しかないことに気づく。
 綺麗な花や高価な宝石のプレゼントがいいと言う人もいるだろう。しかし、それらは持っていける範囲が相当狭く、自分の行動範囲に限られてしまうだろう。そして、花は時が経てば枯れるし、宝石だって磨かなければ、ただの石ころのようになってしまうのだ。
 愛は時空を超えている。それに見合うものとなったら言葉しかない。
 

 創始者は言葉の持つ力、言葉の重要性というものも、広く人々に解ってもらおうと啓蒙した人であった。よく「言葉は運命のハンドルだ、善きことを想い、善きことを述べよ」と言っていたと聞きます。
 また、著書の中には度々、ヨハネ伝から「最初に言葉あり、言葉は神と偕に在り、言葉は神なりき。万の物これによりて成る」という文章の引用がみられる。引用ではあるが、この文章には創始者のこだわりというか、想いが感じられる。
 「言葉は神と偕に在り」という文言を見て感じたのだが、想いを込めずに単に引用しただけだったら、「偕に在り」という漢字の使い方はしないと思う。「偕に」の偕は人偏に皆、人は皆ともとれる。そして「在り」は存在にも自在にも共通してある漢字だ。
 「言葉は神と偕に在り」創始者の想いを察すると、言葉は神と一緒に人間皆がもっている、万物、万象とつうじ合っている人間のイノチがもっている、という様に感じられる。

 考えてみれば、言葉で表現できるのは人間だけであり、言葉で表現できるから人間は色々な文化、文明を創造、構築できた。文明を構築できるという事は、自然環境に手を加える事ができるということでもある。他の動植物では自然環境に、これ程までに手を加えられない。他の動植物に多大な影響を与えているのだ。
 万物、万象のイノチは平等であり、それぞれに尊い。しかし、法位は違う、人間の法位は特別なのだ。言葉をもつことによって、神と偕に同じ創造主の役割を担っているのだとも感じる。責任重大だ。

 しかし、言葉はただ単に発するだけでは、文化、文明を創造するような力は持たない。時空の流れの中で、ぱっと出て、すぐに消えてしまうだろう。理念の無い言葉というのは創造力を持たないのだ。イノチにヒビク、コトハでないと。
 神が理念を宣言して宇宙を創生したように、人間も理念をもって言葉を発しなければ創造性は発揮されない。人間の理念と神の理念が近しいほど、創造性は発揮され、それぞれのイノチにヒビキ、人のココロに何年、何十年、いや永遠に刻まれるものとなったり、末永い文化、文明の構築、発展につながるのだと思う。そう、愛と言葉は時空を超越するのだ。 

 神(創造主)の理念、それは「愛と調和」である。愛と調和への導き、それは自然法則の内にある。
 自然法則を学び、愛の本質を感じていくことこそ、愛と調和という理念を学ぶ事につうじる。人間が特別の法位にあるといっても、万物、万象全てに生かされて生きているのだから。
 そして、自分自身の置かれた時空環境の中で、より良い愛の波動を偕った言葉を、意識して発していく。これも一生ものの、実践をとおしての学びなのだと思います。


「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
4月29日(祝)に開催いたします。
『目からウロコ』のプログラムを企画しております。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=980