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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

使命感と”天命”と境界感

私自身で、ネガティブなエネルギーを防ぐためにやってきたこと。

それは、この与えられた生に生かされし生き方を大切にすること。

基本を忘れずにいること。「般若身経」を「からだ」で反芻すること。  

 

僕自身に与えられたことを成し遂げる使命感を持つコトの大切さ、

当初の志を抱き続ける”青春力”、それを達成するためのコト・行動、

これを身につけるため、エネルギーを放出することです。

青春とは

青春とは

 

 青春力とは、自分の事だけを考えず、”目標”や”志”を持つこと。

 

平安時代末期に東大寺再建という、現代で言うなら百億円を超える、

事業の「大勧進」として活躍した俊乗房重源という人間は、まさに

不可能を可能とするために、青春力を生かしていたようなのですが、

その重源・・・栄弥という孤児にこんなことを語っています。

 

「森の奥から生まれる川の水は、森の木々を育て、

 人里に来て里人の喉を潤し、川の流れになって船を助け、

 魚を養い海に流れ込む。

 やがて水は雲となり、時には炎暑から人々を守り、

 あるいは雨水となって喉の渇きを癒やす。

 水のようになれ。

 どこにいても人々を助ける水のように・・・」

 

ハイ、大それた事を目指しているようですが「我が意を得たり」ッ。

 

元々重源は、京都の醍醐寺で出家して、山岳修行を行うような人で、

天然自然の呼吸をヒ・ビキとして「息吹」に感じとりつつ、その息吹を

皮膚(=肌)で感じ、その境界線を自由にしつつ、頰打つ風には神仏の

有り難きぬくもりとして感じとっていた・・・ように思っています。

 

ですから、一人一人の過ぎ去った人生のすべては、深化のプロセス。

天の使命に尽力する準備でもあり、万物の流転と再生と変化のような、

そんな感じを「操体」の哲学と「息診」で感じているんですよね・・・。

 

・・・ということで、一週間のおつきあい誠に有難うございました。

 

明日は、西遊記が如く愉快に本質を語る、日下実行委員の登場です!

 

 

 ※今日の一言:「鏡は 自惚れの醸造器である如く、 

        同時に 自慢の消毒器でもある」

                     =夏目漱石