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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

進化と進歩。

はようございます。

今週は友松が担当いたします。どうぞ宜しくお願い致します。

 

今回のテーマはシンカということです。

このテーマを聞いた時、思い浮かんだのが10年以上前の東京操体フォーラムの懇親会での出来事でした。

飲みながら何人かの人と話し込んでいて、話題が進化という言葉と進歩という言葉と、どちらが好きかということになった。進化がいいという意見もあれば、いや、進歩だという意見もあり、私はどちらかというと進歩の方がいいのじゃないかと思っていた。

当時は、イチロー選手の大リーグでの活躍や、漫画のドラゴンボールなどの影響もあり、進化という言葉がもてはやされていたが、進化の化けるという字には、あまり良い印象はなく、それよりも一歩一歩成長する感じの進歩の方が良いのではないか、と私は感じていた。

そのことを三浦寛先生にお話したところ、「いや、進化だよ」ときっぱり答えて下さった。

 

進化と進歩の違い、それは生命の観点から捉えるのか、自分の観点から捉えるのかの違いだと思います。

進歩とは、簡単に言えば望ましい方向に物事が進んでいく事だが、その望ましいという判断基準は自分や人間の思考という事になる。これは、自分の観点で一歩一歩良くなっていると思っていても、他の観点からは逆に退歩だったりするという事もある。健康ということに関しても、自分が健康に良いと思ってやっていることも、からだにとっては有難迷惑で、かえってアンバランスとなって体調を崩すといった事例は沢山ある。

また、暮らしの便利さなど人間に都合の良い事が、他の生き物や環境に対しては破壊につながり、一面では日々年々良くなっていると思われる事が、実は当の人間を一歩一歩苦痛に導いている面もあり、進歩しているのか退歩なのか、よく解らなくなっている事柄もある。進歩という表現は、堅実のようで実は曖昧さの上に成り立っているのだと思います。

 

では進化の方はどうだろうか。進歩との大きな違いは、環境に適応し変化していく事にあると思います。

こちらは自分だけの観点ではなく、からだやイノチというものが必ず関わり、生命の観点からの捉え方となる。自分や人間の思考からは良くなっていると思えることも、生命としては退化、つまり環境との不調和を招いている場合は多々あるという事。

昔に比べたら物や暮らしも豊かになった、この進歩は近年特にめざましい。それに伴い、生活(生命活動)が快適になったかというと、そうではないと思う。かえって生活に対する責任が薄れ、それによりアンバランス、弱体化を招いているとも言える。生活(生命活動)には必ず責任が伴い、その責任とは自然法則に合わせていくという事。

そして、自然法則に合わせていく事で、自然環境に適応していくという事。その責任が薄れ、自然環境を意識する機会もだんだん少なくなり、人為・社会的環境への適応ばかりを優先していれば、自分は進歩したとしても、からだはいつもおいてけぼりであり、バランスが崩れてなんらかの不快症状があらわれてきても、仕方のないことなのだと思います。

 

ここまで書けば、どちらが操体に合っているか、続けて書く必要ないと思います。しかし10年以上前の入門したての私には、自然環境への適応という事がどれほど大切かということが、よくのみ込めていなかったのだと思います。今回改めて見直すことが出来たことに感謝です。

 

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