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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

「シンカ4 ~矛盾~」

三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

近頃、週刊誌で医療、医者を批判する記事、もしくは病に苦しむ人達の声を特集した記事を目にします。特に「医者は儲けのために必要のない手術をする」「その薬は信用出来るのか」といった特集が組まれていることからも現代医療と患者の間に摩擦と矛盾が生じてしまっているように思います。

 

こういった記事を読む度に、医療の進歩が患者の苦しみの改善に繋がっているのかと疑問になります。それは私達臨床家にも当てはまることで決して他人事ではない深刻な問題でもあります。

 

もし本当に週刊誌で書かれているように医療の進歩が人々の幸せに繋がっていないのなら、その根本にある原因はどこにあるのでしょうか?

 

幾つか読んできた記事の中で最も印象に残ったのは週刊ポストの「日本人にあえて問う 死ぬ勇気」という特集の記事で掲載されていた曽野綾子さんの「日本人には死の義務教育が必要」と題したコラムです。

 

その記事では日本人は誰もがやがて訪れる「死」に対して否定的に捉えるのではなく、肯定して生きるべきだと書かれています。

 

私も曽根さんの意見に賛成で、医療批判が起こるのも、技術の進化が人々の幸せに結びついていないのも国全体の死生観の捉え方に問題があるように感じています。

 

この記事の前振りでも書かれていますが、延命治療をされている方が「穏やかな死」を望んでいる一方で簡単に逝かせてくれない現実がある。それは国全体が死に対し否定的な意識があるからではないでしょうか?

 

そういった現実からも今以上に私達は健康寿命に意識を向けていくことが大切だと思います。健康寿命を伸ばし生きることの悦びを得ていく為にも、医者任せにしない、自分の健康は自分で勝ち取っていくという意識がこれからの時代に必要なことだと思います。

 

それには操体で説いている「自己責任」を全うしていくことに目を向けること。そして医療の進歩、進化は人々の意識の改善、そして国全体の死に対する捉え方を変えていくことに繋がるようになっていくのだと思います。