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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

⑦感性、センス、タントラの考察

つづき

 

 大きな樹のそばに坐っていると、神を感じるのはたやすい。 が、アスファルトの路上に坐っていると、そのまわりをくまなく捜しつづけることができるのだが・・・・・・それでも神を見いだすことができない。 それはあまりにも破すぎる。

 

 まわりには鉄筋や鉄骨といったコンクリートの建物ばかりがある現代の都市の中では、アスファルトやコンクリートのジャングルの中では、我々は神を感じない ― 。 なぜなら、人間の作ったものは成長しないからである。 それが問題のひとつだ。

 

 人間の作ったものが成長しないのは、どんな生命も持っていないからであり、それらは死んでいる。 神の作ったものは成長する。 山でさえも成長する! 富士山は依然として成長している。 3776m+α㎝、依然として高く、さらに高くなっている。 

 

 木は育ち、子どもは成長する。 人間の作ったものは成長しない。 もっとも偉大なものであろうとも ― 。 ゴッホの絵ですら成長しない。 バッハやヴェートーヴェンの音楽であっても成長しない。 科学技術、人間の作った機械については何と言えばいいのだろう? 

 

 我々が成長を見るすべてのところに神がいる。 木に新しい葉が芽生えてくるとき、木から神が現れ出ている。 鳥が飛んでいるとき、神が飛んでいる。 少女が笑い、あるいは小さな男の子がクスクス笑う、それは神がクスクス笑っている。 女性の、あるいは、男性の目から涙があふれているのを見るにつけ、それは神が泣いていることなのだ。 そこに生気があるときはいつであれ、そこに神がいる。

 

 神の声を注意深く聴かなければならない。 もっと近くに寄って、神の存在を注意深く感じなければならない。 感性を研ぎ澄ませ、もっと感受性に富むことができれば、全体という名の神を実感できる。

 

 このようにタントラは非常に異なったヴィジョンを持っている。 全面的に、徹底的に異なった生のヴィジョン。 我々は自由の中で蜜蜂になれる。 奴隷ならば、糞コロガシだ。 自由ならば、我々は蜜蜂だ。 もっと自由のメッセージに耳を傾けなければならない。 そして、自由になる準備を整えなければならない。 束縛を生み出すものすべてについて我々は油断せず、気をつけていなければならない。

 

明日からは香実行委員です。