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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

進化のマ

 六日目の 「MA」 は、「進化」 の 「マ」。

 

 我々の存在というのは自らの創造の一部であり、意識の違う視点から見ている一つの目なのである。 であれば、意識の進化というのは、「たくさんの目をもって見ている」 ということだ。

 

 進化とは加速していくものであるが、加速するにつれて、進化のプロセスで三次元空間が物理的に体験するすべてのことは、実は、自分が元来もっていた自身の一側面であったということを発見することになるだろう。

 

 自分自身の現実を創りだしているのは、自分自身であり、我々が物理的体験しているものや、それらを創りだしているのも自分自身である。 自分自身がユニークだと思っている部分、他人と違う人生を歩んでいる部分は、自分が創りあげているものである。

 

 我々の肉体的な現実は、自分の思考が拡張されて生まれてきたものである。 自分の考えたことが結晶化して現実となる。 この現実世界、肉体的なレベルは、我々が創りあげており、我々がそれ自身である。

 

 この物理的な現実世界は自分の意識の延長線上にある。 それは意識からできあがっているものであり、自分自身と分離されたものが現実なのではない。 この分離というのは、観る方と観られる方の二次的に分けられたということだ。

 

 しかし、意識の本質はその中心にこそある。 そして、意識の進化とは、新たな次元に自分自身の意識をもっていくことではあるが、別な言い方をすれば 「自分自身を新しい次元で表現する」 ことなのである。

 

 この表現するということは、進化のマから出てくる。 進化は必ずしも加速の連続ではない。 加速と加速とのマが滑らかな波動を描いているのである。 我々の進化における加速と加速の間に一定のマを意識することこそが表現そのものである。