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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

よまずに たべた2

寺本 雅一(てらもと まさかず)

童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

「臨床」の観点から覗いてみています。 

やぎさんゆうびん
作詞:まど みちお 作曲:團伊玖磨

しろやぎさんから おてがみ ついた
くろやぎさんたら よまずに たべた
しかたがないので おてがみ かいた
さっきのてがみの ごようじ なあに

くろやぎさんから おてがみ ついた
しろやぎさんたら よまずに たべた
しかたがないので おてがみ かいた
さっきのてがみの ごようじ なあに

今度はくろやぎさんから手紙が届きました。

でも、ここで不思議な現象が起こります。

 

伝えたいことがあって、 最初に手紙を出した張本人のしろやぎさんですが、

その相手から届いた手紙を

読まないで、食べてしまいます。

ムシャ、ムシャ、ムシャ。

 

このうたの1番と2番は

主語が入れ替わっているだけで

使われている言葉はほとんど同じ。

 

しろやぎさんも、くろやぎさんも

お互いが同じようなところがあって、

その結果、終わらないループに入り込んでしまっている、

以前は、この童謡からそんな印象を感じていました。

 

でも、こうやってじっくり眺めてみると、

1番から2番への「流れ」があって、

言葉は同じであっても、

内容はまったく同じではない、ような気もしてきます。

 

手紙が届いたとき、しろやぎさんは、

くろやぎさんが手紙を「読んでいない」こと、

「食べてしまったこと」に、

もしかしたら気付いているのかもしれません。

 

操体を勉強していると、

いままで知らなかったからだのことを知る機会に遭遇します。

「からだ」には「開いて」診せてくれているときと、

「閉じて」診せないようにしているとき、

もしくはそんな風に感じる現象が起こる。

といった衝撃の事実を目の当たりにすることもあります。

 

「からだ」は目の前の臨床家のことを、

ちゃんと見ているようです。

「からだ」だって、場合によっては、

臨床家からのアプローチを受け取らずに

ムシャムシャと食べてしまうこともあるのでしょうね。

しろやぎさんのように。

 

2017年春季東京操体フォーラム開催します!

 

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