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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

てがみがくるまえに

寺本 雅一(てらもと まさかず)

童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

7日間、「臨床」の観点から覗いてみてきました。

 

やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

 

 

今回は、 しろやぎさんを「臨床を受ける人(と、からだ)」

くろやぎさんを「臨床家」、

として、考察を試みてきました。

 

操体の臨床という観点は「ちょっと(いや、だいぶ)」特殊で、

さらにつついてみると、

他にもまだ見方・捉え方が重なるように思えてきます。

 

例えば、

しろやぎさんを「臨床を受けるからだ」

くろやぎさんを「臨床を受ける人」

として振り返ってみても面白いのです。

 

からだからのメッセージを

本人がちゃんと受け取れていない状態。

 

そんなとき、からだから届いた手紙を、

一時的に、臨床家が代行して読むこともあるかもしれません。

また、読み方を本人に伝えることもあるかもしれません。

そこに介入する操体の臨床家(操者)は、

「手紙が届いてますよ」とメッセージの存在を伝える

「ゆうびんやさん」のような立場でもあるのかもしれません。

 

そういった臨床を続けることで、

ただ手紙の内容が伝わるだけでなく、

くろやぎさんのなかで、何かが動くこと、もあるかもしれません。

  

「そろそろ、しろやぎさんから手紙が来るかもな」 と思ったり、

「しろやぎさん、どうしているだろう、会いにいってみようかな」

と感じるようになったら、

「よまずにたべる」あのいつまでも続いていくかのように思われた

「すれ違い」にも、 変化が起こってくるのではないでしょうか。

その辺が、操体臨床の、操体臨床らしいところだと思います。

 

さて、不思議な「操体臨床」の実際のところ、

きけるチャンスが4月にやってきます。

ピンときた方は、まず一度足を運んできてみてくださいね。

お待ちしています。

 

2017春季東京操体フォーラム4月29日(昭和の日)に開催します!

 

一週間ありがとうございました。

明日からは、友松実行委員のメッセージとアプローチが届きます。

おたのしみに。

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