東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

三浦 寛(みうら ひろし)

七日目

「楽と快はちがう」どう違うのか、そして動診と操法にどう快の問いかけを生かしていくのか、そして「感覚を重視しろ」と話されたこと、これは運動分析から感覚分析への転換を求めているのであった。そのことを書き示したのが、この処女作である。 しかし、未…

六日目

それだけ予約が入っていたということは診立ても、臨床の腕も上がっていたのであろう。 しかし、自分の時間は極端にそがれていた。 まさに酸素不足のコイだ。 では脳ミソが腐らぬ手段はと考える。そうか、自分が学んだことを本にすればいい。 操体に関する作…

五日目

私は当初、臨床の世界で生きていくとばかりに思っていた。 しかし、橋本先生の哲学を学んでいくうちに、何かそれは違うなと思いはじめる。私が30代の半ば、仙台の先生から電話がかかってきた。 佐助*、患者ばかり診ていると「脳ミソが腐ってしまうぞ」と灸…

四日目

今、そして、操体史が大きな変動期を迎えている。 それを仕掛けた張本人は、私である。 どんなにすばらしいことであっても、時代の流れとともに、弊害がうまれてくるもので、師の後につづいて学ぶものは、必ず「見直し」が必要である。 私は再度、弊害を取り…

三日目

今、学びの中で思うことは、当時の私は、次々に変化し生まれかわっていく操体法の連続史のど真ん中いたということである。 ハイ、わかりました。と言ったものの、雲をつかむようで、何のことかわかるはずがなかったのである。 そのヒビキのある先生の言葉が…

二日目

入門し3年、4年と月日が流れる。 先生の診療が終わり、先生と火鉢を囲み、お茶を頂く。 「こんな難しいことに首を突っ込んでよく学んだな。しかし一生愉しめるぞ」 と言われる。 患者には「簡単な」ことと言い、私達には「こんな難しいこと」という。 学問…

私の操体史(初日)

今日から三浦寛の担当です。よろしくお願いいたします。 「私の操体史」が今回のブログのテーマになっている。 私の操体史は、橋本敬三先生の操体史に重なるもので、その史観は私の生命観で有り、人生観である。 私が先生の内弟子に迎え入れていただいたのは…

ヒラメキ

誰も手をつけず、気づいてこなかったことに注目しつづけ、四年、五年の歳月が流れてしまった。参考文献になるものは、今まで学びつづけてきた、私の学習の中の記録である。 それでも今まで書きつづけてきた内容は数百ページにも及ぶものになった。これから先…

厚みを加えて

五年ほど前から、あるテーマにむけての執筆が今なおつづいている。 その間、千枚以上の原稿が清書され、何百ページにもとじられている。 しかし、終わった訳ではなく、今もなお、執筆が加速し、新たな展開を見せつけてくるのだ。 だからといって、何枚もの原…

正当に

見直すってことは、学んできたことを改めて見直す、見直していくこともそうなのだが、それは学んできた自分自身も、改めて見直していくことなのだよ。そして先人(父)が学んできたことも、常に見直していくことだ。 操体法の学びは、「からだが正当に使用さ…

易の話

先日、畠山が一つの易の話を、私に教えてくれた。 それは山風蠱(さんふうこ)という易の卦(か)の初爻(しょこう)の話だ 「初六(しょりく)。父の蠱(やぶれ)を幹(ただ)す。子あれば考(ちち)も咎(とがめ)なし。厲(あや)うけれど終には吉なり」…

塩づけ

今回のテーマは「見直し」でしたか。 私も今、執筆中で、「勢い」余って、原稿を書き上げてしまうことがある。 勢い余った分、修正箇所が目立つ。 清書できる段階じゃない。一週間、そして一ヶ月、塩づけした後に再度見直す。 一年間塩づけにしておいた後に…

世界への貢献

何年か前から、幼稚園に通う女の子(娘)と、今春、中学生になる少年(息子)と縁がある。 私は、弟子のつもりで心を配っている。 皆、どう思う? 六十四歳年下の教え子、弟子。五十八歳年下の弟子が出現したとしたら……。 なんと、未来は明るいことでしょう…

場当たり

ふと忘れた頃に、突然前ぶれもなく、ブログが巡ってくる。 今は四月の半ば。隣に咲く、樹齢百何十年になろうとする二本の桜の木。今年も見事に開花し、葉ざくらになってしまった。 満開時にはメジロも飛んできて、蜜を吸っていた。ベランダから、目の前に咲…

人生のご縁2

師が亡くなられてすでに数十年。 それでも師とのご縁が続いている。操体の学びも、生涯ありがたく続いている。 私は毎年、5回は師の墓参りをしている。 なぜなのか。 操体という命を耕し肥やし太らせているからなのだ。 そして自身のいのちを育んでいる。 …

人生のご縁1

ところで1月、長年、操体に関わってきた人の訃報が入った。 私と同世代で、橋本先生のそばで学んでいた同志である。 去年、しばらく音信不通だったその人から何の前触れもなく電話がかかってきた。 とても懐かしんでいるようで、昔のことを思い出しては何度…

よく似た人

先般、街を歩いていたら見知らぬ男性から「カトウコウジさん」でしょ?と声をかけられる。 世の中には私によく似た人もいるものだと感心する。 いったい、そのカトウコウジなる人物は何者なのか。 世界には私とよく似ている人がけっこういるのだろうネ。 そ…

いざとなったらできる

普段、色々な人に話を聞いていると、コツコツとチャレンジを繰り返している人だけが言えるセリフがあるのだという。 それは「いざとなったらできる」というセリフらしい。 また腹が据わっている人にも、おまじないがあるという。 それは「一生、やり続ける」…

価値

「価値」といえば、「初心の価値」という言葉がある。 「名を上げたい」「体面を守りたい」。 そんなことを気にするあまり初心を曲げてしまってはおしまいだ。 一度曲がった初心は二度と元には戻らない。 さらに、こんなこともあるようだ。 ひとたび才能が開…

サメ図鑑

「ほぼ命がけサメ図鑑」なるものが2018年5月に講談社から出版されている。 ほぼ命がけサメ図鑑 作者: 沼口麻子 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2018/05/10 メディア: 単行本(ソフトカバー) この商品を含むブログ (3件) を見る 魚好きの私には、とてもお…

自身

今週一週間は三浦寛が担当致します。 二月に入り早々にブログの担当がまわってくる。 申告で追われる時期に重なるようだ。 私の場合は一週間分を書き留めておく必要があり、数時間で書き上げてしまう。年が変わり、すでに二月とはいえ、早々と春一番が吹き荒…

必然の変化

今、私が学んでいることの中で目まぐるしく変化していることは、 橋本先生の時代に使われていた「用語」が今、次々に死語化して消えていくことだ。 当時は必要不可欠な用語であった。 今は次々、新たにふさわしい「用語」に転換されている。 当時、生体のバ…

眠りの火種 残り火

うたた寝、安眠、熟睡、そして根睡(こんすい)眠り。バロメーター 早朝、喫茶店で2、3時間集中しているとツーつと 意識が消えていくように10分か15分ほどうたた寝してしまう。 脳の眠りではなく、からだが要求してくる眠りのようだ。 その眠りを「眠りの残…

主人のいる空間

島地先生が緊急入院され、サロンにはまだ出勤されていない。 順調に回復されているようだが、入院中である。 主人がいない空間がどんなものなのかは、 私自身、師を亡くして、その空間がよくわかる。 まるで火が消え、 温もりのない更地の様な空間だ。 呼吸…

写真にうつるもの

スペイン在住の小野田氏から マドリードでのセミナーの写真が送られてくる。 その中の1枚に数十年前に撮られたと思われる白黒の写真も含まれていた。 私が好きな撮られ方である。 海外でセミナーをすると、様々な撮られ方をされてしまうから、注意が必要にな…

而身

而身(じしん) 先日のブログで少し記載した言葉。 この言葉は仙台で開催された「ある集まり」に出席し、亭主の松岡正剛先生につけていただいた私の俳号である。 而身(じしんー自身) この人生69年間、自身で通してきた私にとっては70歳を迎え、 自身を而身…

けじめ

このブログに目を通している誰とは問わず、 自分而身(じぶんじしん)に正直に向かい合って、書き添えてみたい。 今から50年前の成人式は、橋本先生と奥さまに成人を祝っていただいた。 そして、今年、70歳を迎え、多くの皆さんに祝っていただく。 そうした…

スマホデビュー

今日から三浦が担当します。 毎回のテーマは、私自身が思いつくままに決めているのだが 今回はそのテーマに該当する内容がすぐには浮かんでこない。 今日、ブログの原稿を渡す予定になっている。 当日になっても、そのテーマらしい原稿をシクシクと書いてい…

操体の未来2

今までのこだわりを捨てて、 このクエスチョンの中身をあからさまにしていくことである。 「三浦は一人、何をつぶやいているのだ」と 他人事として受け止めて欲しくはないのである。 私も皆さんと同じ操体という器を学んでいるのだから、 三浦一人のたわごと…

操体の未来

この世界は七十数年前に 陽の時代から陰の時代に時が変わったと言われる。 確かに全てのことが今のままでは間に合わない、 対応しきれない状態に追い込まれている。 操体法も流れが大きく変化した。 「楽から快への転換」である。 今、「快」への問いかけが…