東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

最終日。

おはようございます。
今回のブログも今日が最終日となりました。初日が十一月十一日ということだったので、(+)(−)から感じたことから書きはじめ、気がつけば一週間となってしまいました。書いていて思ったのは、ものごとの流れは陰(−)かた陽(+)というふうに、流れていれば上手く行くのではないかという事でした。
 一日が活動の動と寝ている静から成り立っているとすれば、静でからだのバランスが整えられる御陰で、活動の動がある。静から動。これを逆に動から静と考えると、何だか凄く自分勝手なような気がしてくる。活動するだけして後は放っぽってしまうイメージが浮かんでくる。それはおかしいと誰でも思う筈であり、そんなことをしていたら、いつか身を滅ぼすという事も想像できると思う。やはり宇宙現象創生の中心理念、天の御中主(+)(−)のバランスの神様は普遍貫通しており、みんな誰でも神様を尊重し、神様に合わせなければ生きていけないことを知っているのだと思う。動から静ではない。静から動であり、静の時空がある御陰により活動できるのだ。静から動を、陰と陽の性質に照らし合わせれば、陰(−)から陽(+)となる。
 また陰陽は、陰は昇り陽は降るという性質もある。誰でも神様を畏敬し拝む時は天を意識すると思うが、これは想念が天へ向き、昇っているということではないだろうか。そう考えれば陰となる。苦しい時、困った時は天を仰げとよく言われるが、上を見上げれば気持ちも晴れ晴れと明るくなってくると思う。地べたにひれ伏して、より低い位置から拝む人達もいるが、より下から、上へと昇る畏敬の念を強めているのかもしれない。人間は根本的に天に唾を吐くような真似は出来ないようになっており、潜在的に天と調和したいのだと思う。だったらそれを素直に肯定すべきなのではないだろうか。例えば、一日の活動が終わり、寝る時になったら、天につうじている自分のからだに対して、「有り難う御座います」の言葉をかけてみるべきだ。その日一日がどんな一日であったとしても、からだが協力してくれていた事には変わりないのだから。そうすることで、静の時空はより良く調和する時空となると思う。ものごとは陰から始まる。
 人間社会に当てはめても、陰からなのだと思う。若き日の橋本敬三先生は、医師でありながらも、東洋医学や民間療法の素晴らしさに触れ、頭を下げて教えを受けたと聞く。そして療法家の人達も、その態度に感服して、喜んで自分で知りえたものを教えてくれたのだという。威張って、上から目線で教えてくれと言われたって、なかなかそうはいかないと思う。人間社会のものごとも陰から入ったほうが、スムーズだと思う。
それから、明日の11月18日(日)の秋季東京操体フォーラムのテーマは「自力自動・自力自療」だが、自力自動・自力自療に一番大切なのは、からだにききわけるということだ。これも、自分がからだを見下すような態度では、ききわけるということにはつながらない。からだを尊重する意識で心を統合し、からだからの感覚に意識を向け、ききわけるのだ。そして、ききわけた快適感覚に従う。
ものごとは陰から陽へと流れる、と心掛けたほうがうまくいく、と思う。
 

一週間お付き合いいただき有り難う御座いました。
明日の秋季東京操体フォーラムは、実りの秋に相応しいものとなることでしょう。

来週は中谷さんの担当となります。
来週もお付き合いの程、宜しくお願い致します。


友松 誠。



2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催。