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神経症7

 昨日のつづき  子どもらは、現実の体系に加えられる攻撃が蓄積するにつれ、現実の意識が押しつぶされはじめる。ある日起こった、ある出来事がきっかけで神経症になることもある。たとえば、ある日、子どもを託児所へ預ける。それはも […]

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神経症6

 昨日のつづき  この世に生を受けた子どもたちが、はじめて感情を抑圧した瞬間に神経症は始まるのではないが、神経症につながるプロセスはこの時点から始まると言える。子どもは成長とともに段階的に、現実に背を向けるようになってい […]

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神経症5

 昨日のつづき  神経症というのは耐え難い心理的な苦痛から逃れるための象徴的な行動であると既に述べたが、象徴的な満足では決して現実の要求を満たしてくれるわけではない。だから神経症は、長年にわたって影響を及ぼし続けることに […]

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神経症4

 昨日のつづき  我々はこの世に生を受けたと同時に要求をもっている。しかしながらほとんどの人は、その要求を満たされることなく、人生の闘争の末に一生を終えることになる。生まれてすぐの原初的な要求というのはお乳を飲ませてもら […]

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神経症3

 昨日のつづき  神経症には感情の抑圧があると昨日、述べた。この抑圧というのは常によくないものだ。いや絶対的に悪い、例外なく悪い。抑圧はただ、自分の生エネルギーを理解していないことを意味しているにすぎない。抑圧は我々の生 […]

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神経症2

 昨日のつづき  昨日は、心とからだを分離できない関係に結びつけている重要な神経組織について触れた。それほど大切な神経であるにもかかわらず、実は大きな問題が横たわっている。からだにも心にもそれぞれ治療法が確立されているが […]

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神経症

 今週は日下が担当で、テーマは「神経症」である。すべての病気につながる原初的疾患と言われる神経症について考えてみる。  身心健康の条件は、からだと心を通じて全面的なくつろぎの態勢が持続されなければならず、そのどこかに緊張 […]

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p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]良心と私と子供

いったい、自分という存在はなんなのだろうか? 存在とは、意識しなければなくなってしまうものなんだろうか? アイデンティティーというものは、幻想にすぎないのだろうか?  思春期独特の悩みでなく、色恋沙汰は死ぬまで・・・とは […]

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p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]ジャッジメント

 学ぶことは、”面白い”ここに大きなヒントがありそうだ。。。 一般的ではないが、検証された結果は実際にあり、可能性としても 充分ながら、一般的になり得ない事実は山ほどある。  私の場合も、面白いことが前提となり、学び続け […]

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p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]アナトミーフライト3

ある臨床家はこう語っていた。  どんなに治療が上手であっても、ただ覚えたことを繰り返すだけ  では、”記憶の樽”にすぎない・・・、と。  オカムラも、それだけは勘弁・・・その為に学び続ける。  そもそも、試験に合格するた […]

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