名前のついていないものに出会う
2019年1月28日
最近の操体の大きな特徴として、 まだ名前のついていない物事(モノ・コト)に 触れる機会が増えてきているように感じています。 まだ名前がついていないということは A:存在が認識されていない場合 と B:存在はわかって […]
憶の快ってなんだろう⑦
2019年1月26日
操体を日常に生かす。 それには、この「からだ」が常に「うごいている」こと抜きには語れないでしょう。 般若身経。 形をつくるのではなく、感じるプロセスによって形になっていく。 毎朝「からだ」にききわけながら、生かされている […]
憶の快ってなんだろう⑥
2019年1月25日
今も継続していただいている三浦先生との個人レッスン。 レッスンが始まったばかりのころは、毎回レッスンの頭に臨床を受けるところからのスタートでした。 人にやる前に、まず自分が味わってみないとネ。 というわけで、皮膚を介して […]
憶の快ってなんだろう⑤
2019年1月24日
調和的な勘、それは何かと共に生きていることを直感的に感じることなのかもしれません。 共生といえば、僕たちの消化管のなかにはマイクロバイオータ(腸内に生息する微生物群)が存在し、消化活動や免疫系だけではなく、「微生物語(び […]
憶の快ってなんだろう④
2019年1月23日
感覚の源流といえば、原始感覚。 橋本先生はこんなふうに書いておられます。 からだの設計にミスはない―操体の原理 作者: 橋本敬三 出版社/メーカー: たにぐち書店 発売日: 2002/12 メディア: 単行本 クリッ […]
憶の快ってなんだろう③
2019年1月22日
生理的欲求、いわば「からだの要求」といえば、生まれたばかりの頃の僕らは、それはもうシンプルに反応するというところからスタートします。 原始反射というこの時期特有の反射もありますが、それは「刺激に対する反射」という単純な生 […]