寺本 雅一(てらもと まさかず)
向き合う時間

先にも少し登場しましたが、 「時間」というものが気になっています。 何も意識する事がなくても 勝手に経過し、流れていくもの。   以前は「時間」に関して興味をもつことも 特別考えることもなく、ただ流れていくものであるよう […]

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寺本 雅一(てらもと まさかず)
楽を選ばない生き方

昨日に引き続き、 逆に「憶」というものに通じることはないだろうな と感じているのは「楽」という選択肢です。   動診・操法としてあえて「楽」を通す場合は別として 操体を学ぶにつれて、日常生活で口にする言葉、 また意識のボ […]

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寺本 雅一(てらもと まさかず)
時間も変化する?

これも最近、講習やフォーラムなどに参加していて感じる事ですが 半日みっちり、あるいは 朝から晩まで操体漬けという状況の中にいて 「あれ、もうこんなに時間が経ってるの?」 と思う事が増えました。   これは私に限ったことで […]

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寺本 雅一(てらもと まさかず)
名前のついていないものに出会う

 最近の操体の大きな特徴として、 まだ名前のついていない物事(モノ・コト)に 触れる機会が増えてきているように感じています。   まだ名前がついていないということは A:存在が認識されていない場合 と B:存在はわかって […]

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寺本 雅一(てらもと まさかず)
その先の世界へ

おはようございます。 瀧澤さん、一週間の投稿ありがとうございます。 引き続き今週は寺本が担当致します。 テーマはなんと「憶の快」ということで・・・。 宜しくお願い致します。   瀧澤さんのブログタイトルにもありましたが […]

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瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)
憶の快ってなんだろう⑦

操体を日常に生かす。 それには、この「からだ」が常に「うごいている」こと抜きには語れないでしょう。 般若身経。 形をつくるのではなく、感じるプロセスによって形になっていく。 毎朝「からだ」にききわけながら、生かされている […]

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瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)
憶の快ってなんだろう⑥

今も継続していただいている三浦先生との個人レッスン。 レッスンが始まったばかりのころは、毎回レッスンの頭に臨床を受けるところからのスタートでした。 人にやる前に、まず自分が味わってみないとネ。 というわけで、皮膚を介して […]

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瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)
憶の快ってなんだろう⑤

調和的な勘、それは何かと共に生きていることを直感的に感じることなのかもしれません。 共生といえば、僕たちの消化管のなかにはマイクロバイオータ(腸内に生息する微生物群)が存在し、消化活動や免疫系だけではなく、「微生物語(び […]

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瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)
憶の快ってなんだろう④

感覚の源流といえば、原始感覚。 橋本先生はこんなふうに書いておられます。   からだの設計にミスはない―操体の原理 作者: 橋本敬三 出版社/メーカー: たにぐち書店 発売日: 2002/12 メディア: 単行本 クリッ […]

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瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)
憶の快ってなんだろう③

生理的欲求、いわば「からだの要求」といえば、生まれたばかりの頃の僕らは、それはもうシンプルに反応するというところからスタートします。 原始反射というこの時期特有の反射もありますが、それは「刺激に対する反射」という単純な生 […]

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