ヨーガと操体論(四日目)
仏陀はよくこういっていたと言う、「瞑想中は自己など存在しない」と。なぜなら自己に対する覚醒、いわゆる自覚そのものが、自己を他の一切のものから引き離してしまうからだと。自己がまだいる限り、客体も依然として存在する。ジャン […]
ヨーガと操体論(三日目)
操体が説く「快」にはインド的哲学観が見え隠れする。操体ではカラダに不調を感じているとき、症状、疾患にはとらわれず、とにかく快を持ち込もうとする。そしてその手段として「動診」なるものが存在している。この動診というのは物理 […]
ヨーガと操体論(二日目)
純粋意識を目的とするヨーガは、意識の対象と意識の源泉の両方を意識する。そしてそれができたなら、次に主体と客体の両方を落として、ただ意識そのものになること。この純粋意識こそヨーガの目指すものである。何もヨーガがなくても、 […]
p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その七
日本の古語に「イヤサカ!」という言葉があったそうです。 「いよいよお栄えあれ」と云う意味らしいのですが、物質的繁栄や成功祈願ではありません。 ひとりひとりの精神的な”生長(精神的成長の意)”に「イヤサカ」を・・・といった […]
p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その六
人の記憶とは不思議なことばかりですね。 記憶能力に限界はあるのでしょうか、もしあるならば想記能力の問題ではないでしょうか? 生まれてからの記憶、生まれる前の母体と共にあったイノチの記憶、遺伝子に刻まれている記憶まで・・・ […]
p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その五
「操体」と無理矢理結びつけ、考えているように見せかけているだけなのか。 それとも、「操体」にほんの少しだけでも「問いかけ」ているのか。 全く、自分自身の興味の指している方向ですが、ここまで書き留めています。 そして、文章 […]
p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その四
国民全てが医療を受けることができる「国民皆保険」の仕組みを維持するために、 皆さんなら、どのような提案を問いかけたいですか? 1961年に始まった医療保険もそうですが、よく言われていることらしいのですが、 社会保険のよう […]
p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その参
以前京都大徳寺で開催した、操体フォーラムの際に聞いた話です。 若い頃(失礼ですか)の北村翰男先生は、生前の橋本敬三先生に、、 「これからの日本はどうなってしまうのでしょう?」と、やや心配そうに尋ねたそうですが、 質問に含 […]
p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)]『医療水準と操体その弐』
高気圧の覆われた日曜日、参議院選挙開票も終わりました。 新たに議員となった先生方は、投票した国民の期待を、汲んで頂きながら、 今と昔の子供達が日本人であることに誇りを抱けるよう、励んで頂きたいと思います。 さて、引き続き […]