おはようございます。
瀧澤実行委員、一週間ありがとうございました。
本日より、寺本が担当します。宜しくお願い致します。
前回のブログデーマ「愛」に引き続き、今回は「おさめ」。
ふと閃きました。
「自分も勉強してみたい」と思い、初めて師匠に連絡をした、その時のことです。
電話口からきこえてくる「操体指導者」の声や言葉をききながら
「自分に足りなかったものが、この人から学べるかもしれない」と感じ、
アタマで理由はわからないけれども、
自分自身が感じているそのことに「核心」を持てている。
そんな不思議さがあったこと。
四年間学んできて、「不思議さ」の中身が
いまは納得できるのです。
あの瞬間から、大切なことを見せていただいていたのだと。
電話口の先、「声」から感じた「おさめ」の波動。
おさまっている「人間」がこの電話の先にいる。
いま、たしかに生きている。出会っている。
その確固たる「事実」は、
悩み、迷いながらも、生きていたその時の自分にとって
「きっと、自分自身もおさまる」という核心につながった。
『自分がずっと探していたことのヒントがここにはある』
そのひとつは
「操体には『おさめ』が在る」
ということだと思います。
生きている人間のスガタに写し出された
「おさめ」に憧れて、いまも学び続けているのだと感じています。