東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

物のあはれを知る、より

おはようございます。

本居宣長によれば、中国をはじめとする外国からの思想や知識が入ってくる前の日本には、はかりごとを加えず善悪ともにありのままのさまを尊ぶ、大和民族古来の素直な態度があったという。

大和民族古来の素直な態度、それは物のあはれを知ることにあるという。
「 物のあはれ 」を知ることとは、「 事の心 」つまり事の本質を悟り知ること。
物と事とはつながっている。静止して捉えれば物だが、事である。
事の心の意味や内容も重要ではあるが、それよりも重要視すべきは、人に事の心を理解する能力が備わっているということ。
この能力がなければ、人の内面に「 うれしい事、悲しい事、恋しい事、恐ろしい事」等々が生じないからである。
そして、この事の心を理解し、物のあはれを知る能力は全ての人に備わっている、そこが重要なのだ。
そのようなことを、宣長は言っていたという。

物のあはれを知る、そこには「 情 」が深く関与しているという。
物事の本質、つまり事の心は常に外部から人に働きかけているものであり、人の心はそれを受けて動く。動くからこそ「 真心 」。
その、事の心と人の心が共鳴しあえる場は人の情の内側にあり、事の方から人の中に入って来なければならない。それ故に、人の方から能動的にはかりごとを加えるものではない。
物のあはれを知る、ということは感性的認識でもあり、思考的善悪以前のありのままを有難く受け止める受動的態度でもある。

私達の祖先の感性や、それを支える物事への態度というのは、素晴らしいものがあったと思います。
操体の臨床は、治しをつけるそのからだの要求に応える事にありますが、からだの求めを感じる上でも、見習うべきものがあると思います。
また、生活を心情的に豊かにする、あるいは芸術などの創作活動をする上でも、いにしえの人達の精神性というのは、改めて見直してみる価値があるのではと思います。

2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

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