「いきもの」ってなんだろうね。
答えを知るより、問うことの方がずっとゆたかだと想えるのも、「からだ」のお蔭なんです。
いつも共に生かされ、共に生きている「からだ」は、どんなに大きなことも、どんなに小さなことも、ききわけてくれている。
「どんなに大きなことも、どんなに小さなことも」というのは精確ではないかもしれない。
「からだ」にとって、目に見える大きさは問題ではないと想えるから。
大切なことは「自然」であるかどうか。
一日一回でもいい。
呼吸の感触を大事にしてみよう。
何かにふれたときの感触を大事にしてみよう。
「行為」そのものよりも、それが何と繋がっているのか、その感触をこそ大事にしてみよう。