あるとき、卜伝さんの高弟が道を歩いていました。
この高弟は「卜伝さんも秘伝を授けてもいいと思っていた」
と言われるほどの腕前だったそうです。
その高弟が道端につないであった馬のそばまで来ると、馬が突然飛び跳ねました。
が、その瞬間、高弟はヒラリとからだをかわしてニコッとスマイル。
「さすがは卜伝先生の高弟!」とまわりのヒトは称賛したそうですが、
卜伝さんだけは「まだまだだな。秘伝を授けるような資格はない」と不機嫌だったそうです。
そうした考えを理解できなかった連中が
「ならば卜伝先生ならどうするんだ?」と試してみたくなって、
これ以上ないという暴れ馬を卜伝さんの通る道につないでおいたそうです。
いつの時代にもヤジウマさんはいるもんですネ。
ところが卜伝さんは馬の近くまでくると、静かに迂回して通り抜けてしまいました。
拍子抜けしたヤジウマさんたちがワケをたずねてみると
「馬が跳ねたときに飛びのいて避けるのは確かにすんごい技のように見えるかもしれないヨ」
「でもネ、馬は跳ねるもんなんだ」
「それを忘れてそのそばを通るのは不覚だとは言えないかい?」。
うむむ、何だかまた操体っぽいニオイがしてきましたぜ。
皆さんご存知の通り、操体を体系づけた橋本先生はお医者さんです。
そして、そのお医者さんが実際の臨床で使っていた操体法はれっきとした「治療」ですし、
どんな暴れ馬(重症患者)が来ても対応できる技だってあります。
しかしその一方で、操体では治療医学よりも未病医学という考えを大事にしています。
だって橋本先生自身が「治療なんて下の下だ」って言われてるんですから。
卜伝さんが言わんとすることと、そうした操体の理念。
何となくつながってるような気がしないでもないですよねぇ。
中谷之美