おはようございます。
アートの歴史を辿れば、旧石器時代の洞窟壁画が描かれた頃まで遡ると思われる。
洞窟壁画で興味深いところは、洞窟の住人は入ってすぐの日当たりが良く広々とした空間で普段は生活しており、壁画を描く場所はそれよりも奥まった日の当たらない空間で、絵を描いているという点。
これが、他人に見せようとしている訳ではないから芸術ではなく、単なる生活の営みの中での一部とする解釈の仕方にもつながってしまった。
しかし、それは近代の理屈であり、この時代の人たちは横でつながる他人に見せるのではなく、縦でつながっている大いなるモノに見てもらおうとしていたのではないだろうか。
洞窟壁画は、呪術の要素があったりシャーマニズムとも関連があるという。
描かれた動物たちも写実主義的に描かれたのではなく、呪術的な想念を交えた想像による意識から描かれており、概念からの意識から描かれたわけではないと思う。
概念からの意識により描かれたものは、人間どうしでは伝わっても、生命として他の動物ともつながっている、あるいはそれを超えた大いなるモノとつながる潜在意識を振動させるには弱いのではと感じる。
だから、日常の生活空間とは区別した特別な空間で描かれていたのではないだろうか。
呪術的というと、おどろおどろしい印象を受けるが、自らの手で他の生き物の生命を奪い生きる糧とするしかなかった当時の人達にとって、それは弔いの心も含む神聖なものだったのだと思う。
沢山の動物を捕りたい、この動物を捕って食べたいという欲望からの呪術ではないと思える。
まずはじめに、自然界の一員として生かされて生きている事への感謝があり、必要な分だけ、必要な時に、必要なものをいただけるよう願う、そんな想念を元とした呪術だったのではないだろうか。
一週間のお付き合い、ありがとうございました。
来週は畠山裕美先生の担当となります。
どうぞ、おたのしみに。
友松 誠。
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