おはようございます。
日本三大奇景の一つとされている妙義山は、今日もゴツゴツとした岩肌をさらしつつも、やさしく周囲を見渡しているように感じられる。
以前、操体の学びの同志の方が、こちらに尋ねてこられたことがあった。
その時に妙義山を見て、鋸のような山と形容していたのが印象的だった。
確かに、山のてっぺんがギザギザしている。
それが、ちょうど私の家の方から見ると、ギザギザの高さが平均して鋸のように見えるのだ。
実際には、いくつもある山のてっぺんは均一ではなく、見る角度が違えば随分と違ってくる。
実際の高さはそれぞれ違うのだけれど、私の家の方からは平均して鋸のように見える。
そう見せてもらっている事に、何かを教えてもらっているようにも感じる。
鋸は、歯が一つでも欠ければ、他が切れ味鋭くとも、途端に切れ味が無くなってしまう。
また、ギザギザした歯が均一ではなく、高さを主張したり、小さく萎縮したが歯があれば、鋸の用は成さなくなってしまう。
人間組織もそうだと思う。
個人それぞれは個性があって良いが、何か目標や目的があるならば、個性の良い面や悪い面を互いに尊重して補い合い、全体が調和しながら合目的となれば、より良い成果がもたらされる。
また、縁あって同じ目標を持ったのだから、欠ける事のないようにしなくてはならない。
鋸のようにギザギザに見える山は、そう教えてくれているようにも感じる。
そう気づかせてくれた同志の方にも、感謝であります。