昨年くらいからか、今までよりも植物に対して親しみを感じるようになった。
植物全般の名前に詳しくなるとか、そういう感じではないのだが、たまたま道端に自生している名前もしらない植物が目に付いたときなどには少し近づいたり、時にはなんて名前なのかなと調べたりして、関係が生まれるようなことに時間を使うようになった。
そういうことをしていると、馴染みの植物みたいなものが自分のなかに芽生えてくることもある。
昨年のちょうどいまくらいの時分のこと。
仕事などで結構疲れてしまってトホホだった時に、よく散歩をしていた。そこで雨露に濡れて光っている小さい白い花をつけたある植物が目にはいってきた。小さなランのような花をたくさんつけるその植物は、見ようによってはその花がかわいらしい目のついた顔のようにも見えてくる。調べて見たらツタバウンランという植物だった。
なんだかその愛嬌のある姿を眺めていると落ち着くので、そういう出会いをしてからは時たまそのツタバウンランの自生する場所を訪れるようにしていた。この頃、言葉をもたない小さな生き物の姿にだいぶ癒されたように感じる。
季節が変わり、花も枯れてしまってからはその場所に足を運ぶこともなくなっていた。4月のある時期に、ふと思い立ったので久しぶりにその場所を訪れてみた。すると、昨年と大体同じ場所にツタバウンランの葉っぱが茂っていた。
あぁ今年もその場所にいるんだなと思い、また数日後に訪れると花が咲いてあの小さな白い顔をのぞかせていた。しずかな風に揺れて振動し、からだをふるわせていた。
その姿に触れて、なんだか1年ぶりに会えたような気がしてなんとも言えない気持ちになった。なにかしずかに語りかけてきてくれているような、そんなきもちにもなった。
自分を振り返ってみて、植物と接しているときのしずかな間と、普段人間と言葉を介して接している時の感じがまるで違うなぁと思う。
植物に触れている時は、本当に必要なしずかな間を味わっているのではないかと感じる。