東京操体フォーラム 実行委員ブログ

操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

執着と操作から自由になる臨床②

操作するほど遠ざかる。

執着を手放すと、からだの声が聴こえてくる。

 

「何かに執着する」ということは、それに縛られることでもあります。

 

それは「操ろうとする意識」と表裏一体です。

 

操ることをやめたとき、初めて私たちは「間に合う」ことに近づくのかもしれません。

 

自然であるということ。

 

それは、つながりが多く、フィードバックの質が高い状態だと思われます。

 

古来「自然(じねん)」という言葉は、「おのずからそうであること」という意味で使われていました。

 

これはつまり、「質の高いフィードバックの循環」がある状態ではないでしょうか。

 

からだが「正直」になればなるほど、フィードバックは明確になります。

 

ただし、自分に「違和感がない」=「間に合っている」というわけではありません。

 

気づかないうちに内・外部の環境が乱れていても、それを違和感と感じないこともあります。

 

そうなると、60%の健康状態を「正しいとして満足し、本来の100%には至らないこともあるでしょう。

蟻鱒鳶ル

まとめ:からだの違和感に鈍感なままでは、本当の“間に合う”感覚にはたどり着けないのだと想うのです。

 

                 (続く)