ことばは光のようなもの
ことばは風のようなもの
ことばは雨のようなもの
以前、このブログにも書いたことがあるかもしれませんが、
その昔、ニホンヤモリを育てている時期がありました。
我が家に迷い込んだ小さい生き物を興味本位で育て始める中で、
色々なことを考えるきっかけをもらった気がします。
ヤモリは生餌しか基本的には口にしないので、
カゴの中で育てようとする場合、爬虫類専門店に行って御飯用に育てられたコオロギの小さいのを手に入れるか、自分で何らかの虫を捕まえてくるかといった感じになります。
最初は私も近所の専門店に行き、生餌を手に入れてはコオロギも育てるという生活をしていたこともありましたが、どうも食いつきがいまいちだったので、結局近所を散歩しながらクモを捕まえたり、蛾の小さいのを捕まえたりする毎日を送っていました。
やってみると興味深いのですが、そういう視点で散歩をしていると、普段見ているところ以外の部分に目が行くので、なかなかたのしいのです。私は都会生活が長いですが、緑のそれほど多くない住宅街の中で、ヤモリのご飯を見つけるというのは、なかなか容易ではなく、都会のハンティングの面白さを味わっていました。
近くにコンビニはいくつもあり、欲しいものは結構なんでも手に入りますが、ヤモリのご飯はさすがに売っていません。でも、夜になるとコンビニにはその光に誘われて外のガラスに蛾が止まっていたりするのです。そういう獲物を捕まえにコンビニに行ったりもよくしていました。コンビニとの新しい関係が生まれたのです。
こんなことでも、生活のなかの視点がガラリと変わり、単調な生活に面白みが感じられてくる。今思えば、この「ハンティング」を通して、いつどういったところに生き物がやってくるかなど感じる機会が生まれ、ほんとにわずかなことではありますが、自然の流れのようなものに触れていたのだと感じます。
他人が用意してくれたものじゃないものに自分自身で取り組んでいく。
まずやってみて、自分自身で感じ、何かを成していく。
そのことの繰り返しでまた考えなければいけない事が生まれてくる。
自然とこころが動き、ことばを感じられるようになる。
忙しい生活の中で、数分でもそういうリズムの変わるときを過ごすことができていたというのは、自分自身にとっても必要な栄養だったのではないかと感じられてくるのです。(つづく)