おはようございます。
ことばは光のようなもの
ことばは風のようなもの
ことばは雨のようなもの
そんなことばによって
誰かに読まれるのことない
わたしとからだとの間で
感謝のひびきを通じて交わされている手紙
瀧澤さん、一週間ありがとうございました。
本日から寺本が担当します。テーマは引き続きフリーです。
宜しくお願い致します。
昨日までの瀧澤さんのブログを拝見していて、「あぁ瀧澤さんが日々からだに向けて抱いている手紙のようなものを覗かせてくれているんだなぁ」と感じました。
ふと、日々の行き来の途中で立ち寄る巨樹の前で過ごすひとときのことが思い出されました。
高層ビルの根元に聳えているスダジイの保護樹木なのですが、
この大きな木に無性に会いに行きたくなるのです。
ビルの基礎の少し高いところに位置しているので、触れられるような距離にないのですが、何をするでもなく、その大樹の前に立っていると、とても落ち着きます。
その木の下はちょうどいい日陰になっていて、気持ちの良い風がそよいでいるのが感じられたりするようなところです。
地に根を張って、寡黙に立っているその樹木の前で、わたしも立っている。
立ち止まることは意外にエネルギーを傾けないとできないのかなと、
でも静かなときのなかで、そこにいてもいいように感じられてくる。
整理のできていなかった何かが少し落ち着いてくる。
ことばが感じられてくる。
時間にすればほんの1分程度なのですけれどもね。
流れる時間のなかにいて、ちょっと立ち止まりたいときに、この樹に会いにいっているような気がしています。