東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

2022-06-01から1ヶ月間の記事一覧

治癒・・・5

おはようございます。 「病気に打ち勝つ」という言葉を時たま聞きます。 この言葉に、今回のテーマである「治癒」を当てはめると、病気に打ち勝つイコール治癒なのかな、とも思ってしまう。 しかし、そう思いながらも何か違和感を感じるのです。 病気を悪者…

治癒・・・4

おはようございます。 現代医学にはウィルヒョウの頃より解剖、病理の組織学から、器官の組織の細胞までの異常を病気としているようなところがある。 これは、病は内の方から生じてくる、つまり内の異常が外に影響しているという考え方。 だから「何か感じが…

治癒・・・3

おはようございます。 治癒の対義語は発病だそうですが、発病があってはじめて治癒の言葉の意味が生じてくる。 発病が無ければ、治癒という言葉も意味を成さなくなる。 「未病」という言葉があります。 これを、未だ病名がついていない状態とするならば、発…

治癒・・・2

おはようございます。 病気やケガがあるから治癒がある。 病気やケガが無ければ治癒もない。 治癒の対義語は発病だそうですが、発病があってはじめて治癒の言葉の意味が生じてくる。 発病が無ければ、治癒という言葉も意味を成さなくなる。 操体の創始者であ…

治癒・・・1

おはようございます。 実行委員リレーブログ、今週は友松の担当となります。どうぞ、宜しくお願い致します。 今回のテーマは「治癒」ということでリレーしております。 治癒とは、病気やケガが治ることを指すようです。 逆に言えば、病気やケガがあるから治…

人間のシテンとからだのシテン7

生命現象は宇宙空間の事象として貫通している。 人間が「治癒」と呼んでいるからだがみせてくれる現象も、味付けの無い、そのままの生命現象として捉えなおしてみたい。 風が吹いてくるように。 呼吸がからだに入ってくるように。 からだが主語になり、人間…

人間のシテンとからだのシテン6

日常生活には様々な生命活動が溶け込んでいる。 普段、意識されることもなく、流れる様に営まれているこの活動に人間は支えられている。 呼吸もその一つ。 目に見えない、当たり前のように人生を包んでいるリズム。 この営みの重要さに気がついた先人は、様…

人間のシテンとからだのシテン5

からだにおける生命活動は、人間の意識の及ばないところでも絶えず営まれている。 その営みと人間の日常生活とのブレンドがその人のいまを生み出している。 人間の創り出した時間感覚のうち、一日の中で4分の1くらいは「眠り」の時間がやってくる。この時間…

人間のシテンとからだのシテン4

「痛み」という現象にはネガティヴな印象が付きまとっている。 からだが痛んで、不快が続くのだから仕方はない。 一方で、「痛み」を感じていることは、からだからのメッセージを受信している確たる証拠でもある。 先天性由来の例外を除く、ほぼすべての人間…

人間のシテンとからだのシテン3

「生活習慣を見直す」、ということがよく言われている。 これは人間の営む生活の話。 もし見直すことを根本的にトライしてみたいなら、 「生命活動」の領域に意識をむけてみるのがいいのではないかと思う。 からだの方で営まれている活動の方に少し意識を向…

人間のシテンとからだのシテン2

からだの設計にミスはない。 と、操体・操体法の創始者の橋本先生は言う。 からだの設計にミスはない―操体の原理 作者:橋本 敬三 たにぐち書店 Amazon こういった捉え方の基に、操体の哲学、臨床観は成り立っている。 『病気』に対する捉え方も「からだの設…

人間のシテンとからだのシテン

瀧澤さん(からだ)、一週間のメッセージありがとうございました。 本日からつながる寺本がテーマ『治癒」を受け取って投稿します。 よろしくお願い致します。 からだの要求に適うこと。 これは人間が「治癒力」と呼んでいる生命現象につながっています。 「…

素(そ)のまま臨む生命現象の間(ま)で⑦

操者はあくまできっかけで、操者という意識すらなくなってくる。からだでいい。からだがいい。からだという生命現象が、空間という生命現象と重なっている。その間(ま)で味わい、変化していくことに委ねていたい。からだは必要なプロセスを生命現象として…

素(そ)のまま臨む生命現象の間(ま)で⑥

からだに委ねていると、皮膚も内臓も内部感覚はどれも有難い。どうしたらいいのか、教えてくれる。感覚は感謝そのものだということも素直に入ってくる。からだが主語になる基準が在る。今も体感し続けている。

素(そ)のまま臨む生命現象の間(ま)で⑤

色をつけずにからだから感覚をいただく。感覚に不快や恐怖や記憶、色々な色がつくのも生命現象。けれども、それらが外れてすきとおった感覚としていただけるのも生命現象。からだが主語になれば、ウソじゃないと感じられるのも生命現象。ほんとうに息がから…

素(そ)のまま臨む生命現象の間(ま)で④

意識が更新すると、からだからいただく感覚も更新する。何一つ無駄な感覚はないと感じられる。それでいて、ほんとうに必要な感覚も感じられる。からだを前に、ときに畏怖の念が湧くことがある。「わたし」の想像を超えた生命現象がからだそのもの。

素(そ)のまま臨む生命現象の間(ま)で③

からだの邪魔をしない。一緒に味わう間(ま)に在る。空間もからだもわたしも重なっている状態で生命現象が起こっている。それが広がり、伝わる間(ま)が在ると感じられてくる。息が入ると同時に、快は満ちていると自覚されてくる。その間(ま)を味わって…

素(そ)のまま臨む生命現象の間(ま)で②

空間と重なってからだがききわけている。内部感覚で「快」も「不快」もからだのメッセージとして委ね、味わえる。からだが主語で営まれる生命現象がある。他に必要なことはあるのでしょうか。あるのなら、それもからだが教えてくれる。

素(そ)のまま臨む生命現象の間(ま)で①

からだがつないでくれる間(ま)がある。岡村さん、その間(ま)は感謝。今日からからだでつながる瀧澤です。よろしくお願い致します。生かす力の環境は届いていますか。「はい」とからだで感じられるなら、そのままいただく生命現象の間(ま)に在る。息は…

快癒の本質⑦

(続き) 治すことは、「からだ」(生命)の仕事です。 そして、それをどうこうする事はおこがましいと言うようなことを、 手塚治虫氏の漫画、「ブラックジャック」でも語っていましたね。 生命現象、私たちの感じる事は、様々な「もの」「こと」「なり」、 …

快癒の本質⑥

(続き) 天然自然の法則性、真理とは何か。 それが、治癒、快癒に関わっている事は確実だと思われます。 例えてみましょう。 雨が降らないで毎日毎日晴れていたほうがいい、と言う方がいました。 しかし、雨は雨で必要なものです。 同じように苦痛の種をま…

快癒の本質⑤

(続き) 「治癒」までの道標。 それはまず、介助と補助になります。 介助とは。 患者はどう進めばいいか知らないのだから、その目的となる動きの方向 を、指示できることです。 「からだ」の動き、その循環を、刺激にならぬよう与え、引き出します。 補助と…

快癒の本質④

(続き) 操体の臨床では、症状や疾患別に、治すことはありません。 つまり、それぞれにそれぞれのやり方がある、訳ではないのです。 そこに至るまでの経過や、そこに至らぬまでの方法を理解してもらい、 至らぬための指導を与えるため、操体の臨床家として…

快癒の本質③

(続き) ある時、「間=(マ)」は教えてくれました。 「痛み」について考えていた時。 「治すこと」を考えていた時。 「治ること」を考えていた時。 そんな、間を置いていた時。 ふと、橋本敬三師の放言が目に留まりました。 「病気はネェんだ‼って、何べ…

快癒の本質②

(続き) 快よく癒されると書いて「快癒」です。 もちろん、どこかに痛みのない幸せを感じる、これは当然ですね。 では単純な話、痛みが無くなれば、それで皆さんは満足なのでしょうか? いえいえ、それでは痛みが無いだけで、病人は取り残されてしまいます…

快癒の本質①

石田実行委員、紹介有難うございます。 今日から岡村の担当となります、一週間よろしくお願いいたします。 今回のテーマは「治癒」ですね。 そもそも、私が初めに操体を学ぶきっかけも、「痛い」ことをしない で治せるんだったら、その方が良いと言う単純な…

治癒 その7

最近ハッキリしましたがからだが曲がっていると性格も曲がっているようです。 そのような方は所作や振る舞いにも問題があります。 自ら治癒力を落として生活をしています。 正しいからだの使い方はどのようなものか? 操体は常にそのことを考えています。 明…

治癒 その6

治癒力を高めるにはどうすればいいか? まずは単純に愉しむことだと思います。 私は近い未来に必ず自分の愉しめるイベントを計画します。 そのイベントまでは何とか生きようと決めてます。 それを目標すると活力が湧いてきます。 もしそのイベントに欠席して…

治癒 その5

痛みが消えて治癒するとはどのようなことでしょうか? ある程度運動すれば筋肉痛も起こります。 その場合は単純に休みを取ればいいのではないでしょうか? 休みを取らずに働き続ける。 いや仕事が多くて休めないんだよ!という方は 仕事を強制終了しても休み…

治癒 その4

痛みを探す旅に出ると永遠に終わらないと思います。 この方向に腰を動かすと痛い。 腕をこう伸ばした時に痛む。 その旅に終わりが来るとは思えません。 それよりは痛みのない方向に動かす方がよっぽどいいと思います。 からだがそれを求めていますので。