東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

寺本 雅一(てらもと まさかず)

言葉をもたない生き物に重ねて7

草木を眺めていると、植物のからだには「正面」というものはあるんだろうかと思う。 また、枝葉を伸ばしているあの地上部の拡がりには、右手や左手などの区別が存在するのだろうか、地中に伸び拡がっている根には右足、左足のような区別は、、、などと考える…

言葉をもたない生き物に重ねて6

植物を見ていて、しみじみすごいなぁと思うことがある。 一所に根を下ろしてから次世代の種子を産出して新天地に旅立つまでは、その環境で起こることにすべてに相対し、適応しながら生きているその姿だ。 動物とはまた違う、植物なりの「逃げ方」はあるのか…

言葉をもたない生き物に重ねて5

「食べる」ということを考える時も、最近思い浮かんでくるイメージは「植物」である。 以前にもここで吐露したことがあるが、食べることが好きな私は油断するとついつい食べ過ぎ状態になることがある。 「土と内臓」という本の中で「ヒトの消化管をひっくり…

言葉をもたない生き物に重ねて4

操体を学んでいると新鮮な「からだ」の感覚に遭遇する。 最近では、自分が植物的な生き物になっていくような感覚を味わうこともある。 普段の人間ver.が「動物」であるならば、学んでいることをからだとともに学習するときは動物のからだから、植物のからだ…

言葉をもたない生き物に重ねて3

我が家の小さな庭には誰が植えたのか、はたまた勝手に生えてきたのか、由来知らずの柑橘類が一草、ひっそりと暮らしている。 不勉強な私には本当の名前すらわからないこの生き物は、時期になるとあおむしたちの一時の住処となる。今年もアゲハの幼虫が3匹ム…

言葉をもたない生き物に重ねて2

公園の樹木など眺めていると、この木は一度種子が発芽してからは(またはこの場に人の手で植えられてからは)、一所に根をおろしてここまで成長してきたんだなとしみじみと感じます。 目に見えているところでは、雨が降っても風が吹いても、葉っぱを食べる虫…

言葉をもたない生き物に重ねて

おはようございます。 Mr.植物の瀧澤さん、一週間の「ことのは」の数々ありがとうございました。 テーマは「植物」のバトンとタスキを受け取って、本日から一週間、寺本が担当します。よろしくお願い致します。 私事からのスタートとなりますが、今年は特に…

ひょうげんすること、されているもの7

「アート」と呼ばれているものに触れることは、自分自身の表現と出会うことに繋がっている。 美術館やギャラリーに足を運び、他者が創り出したものを鑑賞することで味わえるもの、養われるものがある。 そして、少し切り口を変えて、このブログの場をお借り…

表現すること、されているもの6

からだから受け取れるものの世界は実に豊かだ。 いままでは受け取れていなかった世界もあることが、操体の深化に伴い、日々のからだとのお付き合いによって感じられる。まだまだ奥が深い。 昨日のような捉え方をすれば、からだが表現する「アート」を鑑賞す…

表現すること、されているもの5

からだが表現する世界には様々な表情がある。 はっきりしている激しい印象のときもあれば、 ほんのささやかな、静かな声で語りかけてくることもある。 後者のバリエーションに興味をもつようになると、実に豊かで静かなからだの表現世界が拡がってくる。 そ…

表現すること、されているもの4

こどもはよくケガをする。 先日も知り合いの子が家の中で家具にぶつけたか何かして左目の上に立派なたんこぶをこしらえていた。 できたてのたんこぶは見事なピンボール玉くらいの大きさだったらしいが、30分後くらいの写真を見せてもらったらそれが少しお…

表現すること、されているもの3

無意識のうちにただただ表現されているからだの営み。 「呼吸」というマクロな現象は、意識せずとも意識の外で表現されている。 同じように「消化」という営みも知らぬところでリズムをもって営まれている。 もっと縮尺をズームアップして、細胞ひとつひとつ…

表現すること、されているもの2

何かを表現しようとするときに頼りになるものは、 既に表現されているもののなかにある。 「からだ」という自然を前に、この表現されている世界に耳を傾ける。 からだの声をきく、からだの要求をききわけるために、どんな方法があるだろうか。 からだにとっ…

表現すること、されているもの

瀧澤さん一週間のブログ投稿ありがとうございました。 テーマは引き続き「アートについて」。本日より寺本がバトンタッチして担当致します。よろしくお願い致します。 今年の11月にオンラインも含めたハイブリッド形式で開かれる秋季東京操体フォーラム。…

からだ は しっている ひだり の せかい 7

(きのうのつづき) 『数学の歴史は測量に大きく関わっていますけれど、古代に測量学が発展したのは、領土を正確に測ることを通して、人間の争いを減らすことにもつながっていたんです。』 『宇宙は長い年月をかけて膨張していますけれど、誕生する瞬間に、…

からだ は しっている ひだり の せかい 6

(きのうのつづき) 誰かの言葉で理解することから離れて、自分のことばでからだがききわけている世界を表現してみたい。 操体を学ぶ師や同志の紡ぎだすことばを聞いていると、なんだか「詩」のようだ、と感じることが増えた。詩人が二人で物語を紡いでいる…

からだ は しっている ひだり の せかい 5

(昨日のつづき) 年に2回、春と秋にわたしたちは東京操体フォーラムというイベントを開催している。以前から、その内容はマニアックな会ではあったけれど、特に最近参加していて感じるのは、そこで語られることばが変化してきているということだ。 誰かか…

からだ は しっている ひだり の せかい 4

あたらしいこころもちで、操体を学問する。その過程で、矛盾したふたつの感触に出会っている。 ひとつ目は、この新しい捉え方について、何かを調べようとしたときに感じること。色々な本を読んだり、調べたりしようとしても、なかなか以前のように本が読めな…

からだ は しっている ひだり の せかい 3

「ひだり」について操体を通して学んでいると、改めて「睡眠」について興味が沸いてくる。 学んでいることを試していると、気が付くとスーッと眠りの世界に入り込んでいることが多い。以前から、臨床中に瞬間的な眠りに入ったり、「意識飛び」と呼ばれている…

からだ は しっている ひだり の せかい 2

「からだ」は、わたしの知りたいことを、しっている。 そういう実感のなかにいて、では、どんなことから その情報にアクセスできるのか。 これが最近の操体を通して学んでいる大きなテーマとなっています。 未だ手探り状態ですが、からだと向かい合う時間に…

からだ は しっている ひだり の せかい

おはようございます。瀧澤さん一週間の投稿ありがとうございました。本日から、寺本がブログを担当致します。テーマは引き続き「ひだり」です。よろしくお願い致します。 操体という学問と出会い、学び続けて10年程になりますが、この年月の間に操体は学問…

当たり前を、めくる

からだが教えてくれること。 操体を通して受け取ることのできる、様々な気付き。 こういうことは、何年学ぶことを続けていても尽きることがなく、 逆に、よりシンプルに、また新鮮な情報として学習の機会となる。 そういう循環のなか、脈々と継承されてきた…

ゆだねる、を学ぶ

自分が思い描くイメージ、ヴィジョン。 そういったものを先行させるのとはまた違って、 例えば、からだの無意識にゆだねる、というところから自らの振る舞いを描いていく。 これも最近になって、また操体から教えていただいていることのひとつです。 人間に…

アタマにも、休んでもらって

操体は「からだ」の要求、「からだ」の悦ぶことってどんなこと? というのを大切な着眼点として扱い、進化と深化を続けてきました。 そんなからだの状態のとき、本人の「思考」や「頭」の活動からみると、 バランスとしては程よく休まっている状態なのではな…

こんなことも、語り合える

前日の記事に引き続き、私事から始まりますが 昔はどうも同世代の人と話が合わず、 年上の人と話をするのが好きでした。 いま、思えば、自分が興味をいだいていることについて、 私の言葉が追い付いていなくても、受け止めて、ちゃんと返してくれる。 それが…

からだの、もう少しそばに

このブログの場で何度か振り返ってきたことではありますが、私が操体(操体法)に興味を抱いたのは、それまで20数年生きてきて、いまいち自分の体に対して実感が持てていない、よくわかっていないという漠然とした想いがあったからでした。 20歳代を後半…

ゆっくり、を味わいたい人に

動き(うごき)や感覚について、からだを介して学問している操体、そして実践のスガタとしての操体法。 それ故に、からだを通して「ゆっくり」という時空を体験していただきます。 操体でいうところのこの「ゆっくり」は、想像しているスピード感とは、 ちょ…

言葉になっていない世界に、こんにちは

あなたに操体・操体法をお薦めする理由の其の1

わたしのセルフケア7

からだの治せる治癒力が大いに、のびのびと振舞ってもらえるように、 そのきっかけになることはどんなことだろうか。 日常のなかの当たり前のこと、そんな焦点の当て方で、今回のブログと向き合ってきましたが、実はとても重要な要素を最後に残していました…

わたしのセルフケア6

わたしのセルフケアを考えるときに、「わたし」の範囲を拡げてみるというのも面白いと思って実践しています。 例えば、わたしのこころとからだから一歩離れて、「身の回り」に目を向けて掃除をする。 掃除の効用について説かれている方は多々いらっしゃいま…