東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

寺本 雅一(てらもと まさかず)

ひょうげんすること、されているもの7

「アート」と呼ばれているものに触れることは、自分自身の表現と出会うことに繋がっている。 美術館やギャラリーに足を運び、他者が創り出したものを鑑賞することで味わえるもの、養われるものがある。 そして、少し切り口を変えて、このブログの場をお借り…

表現すること、されているもの6

からだから受け取れるものの世界は実に豊かだ。 いままでは受け取れていなかった世界もあることが、操体の深化に伴い、日々のからだとのお付き合いによって感じられる。まだまだ奥が深い。 昨日のような捉え方をすれば、からだが表現する「アート」を鑑賞す…

表現すること、されているもの5

からだが表現する世界には様々な表情がある。 はっきりしている激しい印象のときもあれば、 ほんのささやかな、静かな声で語りかけてくることもある。 後者のバリエーションに興味をもつようになると、実に豊かで静かなからだの表現世界が拡がってくる。 そ…

表現すること、されているもの4

こどもはよくケガをする。 先日も知り合いの子が家の中で家具にぶつけたか何かして左目の上に立派なたんこぶをこしらえていた。 できたてのたんこぶは見事なピンボール玉くらいの大きさだったらしいが、30分後くらいの写真を見せてもらったらそれが少しお…

表現すること、されているもの3

無意識のうちにただただ表現されているからだの営み。 「呼吸」というマクロな現象は、意識せずとも意識の外で表現されている。 同じように「消化」という営みも知らぬところでリズムをもって営まれている。 もっと縮尺をズームアップして、細胞ひとつひとつ…

表現すること、されているもの2

何かを表現しようとするときに頼りになるものは、 既に表現されているもののなかにある。 「からだ」という自然を前に、この表現されている世界に耳を傾ける。 からだの声をきく、からだの要求をききわけるために、どんな方法があるだろうか。 からだにとっ…

表現すること、されているもの

瀧澤さん一週間のブログ投稿ありがとうございました。 テーマは引き続き「アートについて」。本日より寺本がバトンタッチして担当致します。よろしくお願い致します。 今年の11月にオンラインも含めたハイブリッド形式で開かれる秋季東京操体フォーラム。…

からだ は しっている ひだり の せかい 7

(きのうのつづき) 『数学の歴史は測量に大きく関わっていますけれど、古代に測量学が発展したのは、領土を正確に測ることを通して、人間の争いを減らすことにもつながっていたんです。』 『宇宙は長い年月をかけて膨張していますけれど、誕生する瞬間に、…

からだ は しっている ひだり の せかい 6

(きのうのつづき) 誰かの言葉で理解することから離れて、自分のことばでからだがききわけている世界を表現してみたい。 操体を学ぶ師や同志の紡ぎだすことばを聞いていると、なんだか「詩」のようだ、と感じることが増えた。詩人が二人で物語を紡いでいる…

からだ は しっている ひだり の せかい 5

(昨日のつづき) 年に2回、春と秋にわたしたちは東京操体フォーラムというイベントを開催している。以前から、その内容はマニアックな会ではあったけれど、特に最近参加していて感じるのは、そこで語られることばが変化してきているということだ。 誰かか…

からだ は しっている ひだり の せかい 4

あたらしいこころもちで、操体を学問する。その過程で、矛盾したふたつの感触に出会っている。 ひとつ目は、この新しい捉え方について、何かを調べようとしたときに感じること。色々な本を読んだり、調べたりしようとしても、なかなか以前のように本が読めな…

からだ は しっている ひだり の せかい 3

「ひだり」について操体を通して学んでいると、改めて「睡眠」について興味が沸いてくる。 学んでいることを試していると、気が付くとスーッと眠りの世界に入り込んでいることが多い。以前から、臨床中に瞬間的な眠りに入ったり、「意識飛び」と呼ばれている…

からだ は しっている ひだり の せかい 2

「からだ」は、わたしの知りたいことを、しっている。 そういう実感のなかにいて、では、どんなことから その情報にアクセスできるのか。 これが最近の操体を通して学んでいる大きなテーマとなっています。 未だ手探り状態ですが、からだと向かい合う時間に…

からだ は しっている ひだり の せかい

おはようございます。瀧澤さん一週間の投稿ありがとうございました。本日から、寺本がブログを担当致します。テーマは引き続き「ひだり」です。よろしくお願い致します。 操体という学問と出会い、学び続けて10年程になりますが、この年月の間に操体は学問…

当たり前を、めくる

からだが教えてくれること。 操体を通して受け取ることのできる、様々な気付き。 こういうことは、何年学ぶことを続けていても尽きることがなく、 逆に、よりシンプルに、また新鮮な情報として学習の機会となる。 そういう循環のなか、脈々と継承されてきた…

ゆだねる、を学ぶ

自分が思い描くイメージ、ヴィジョン。 そういったものを先行させるのとはまた違って、 例えば、からだの無意識にゆだねる、というところから自らの振る舞いを描いていく。 これも最近になって、また操体から教えていただいていることのひとつです。 人間に…

アタマにも、休んでもらって

操体は「からだ」の要求、「からだ」の悦ぶことってどんなこと? というのを大切な着眼点として扱い、進化と深化を続けてきました。 そんなからだの状態のとき、本人の「思考」や「頭」の活動からみると、 バランスとしては程よく休まっている状態なのではな…

こんなことも、語り合える

前日の記事に引き続き、私事から始まりますが 昔はどうも同世代の人と話が合わず、 年上の人と話をするのが好きでした。 いま、思えば、自分が興味をいだいていることについて、 私の言葉が追い付いていなくても、受け止めて、ちゃんと返してくれる。 それが…

からだの、もう少しそばに

このブログの場で何度か振り返ってきたことではありますが、私が操体(操体法)に興味を抱いたのは、それまで20数年生きてきて、いまいち自分の体に対して実感が持てていない、よくわかっていないという漠然とした想いがあったからでした。 20歳代を後半…

ゆっくり、を味わいたい人に

動き(うごき)や感覚について、からだを介して学問している操体、そして実践のスガタとしての操体法。 それ故に、からだを通して「ゆっくり」という時空を体験していただきます。 操体でいうところのこの「ゆっくり」は、想像しているスピード感とは、 ちょ…

言葉になっていない世界に、こんにちは

あなたに操体・操体法をお薦めする理由の其の1

わたしのセルフケア7

からだの治せる治癒力が大いに、のびのびと振舞ってもらえるように、 そのきっかけになることはどんなことだろうか。 日常のなかの当たり前のこと、そんな焦点の当て方で、今回のブログと向き合ってきましたが、実はとても重要な要素を最後に残していました…

わたしのセルフケア6

わたしのセルフケアを考えるときに、「わたし」の範囲を拡げてみるというのも面白いと思って実践しています。 例えば、わたしのこころとからだから一歩離れて、「身の回り」に目を向けて掃除をする。 掃除の効用について説かれている方は多々いらっしゃいま…

わたしのセルフケア5

昨日のブログに書いたような「セルフキュア」を大切に思うようになると、 俄然興味が沸いてくるのが「睡眠」のことです。 日常生活のなかで、わたしたちが「からだの治せる治癒力」と接しているタイミングは この睡眠の時間なのではないでしょうか。睡眠はセ…

わたしのセルフケア4

いわゆる「セルフケア」というと、「わたし」がわたしのこころとからだについて「ケア」できることを指しているような印象を受けます。 今回のテーマの中でも、語られていること、またこれからも語られることだと思いますが、「操体」では、その背景に「から…

わたしのセルフケア3

昨日に引き続き、とある日の「食」に関する、私の「しないケア」エピソードについて。 先日のブログ「セルフケアだけど6」で実行委員の瀧澤氏も似たような投稿をしてくれているので興味深かったのですが、 blog.tokyo-sotai.com 私もお昼休みなど、よく「何…

わたしのセルフケア2

「セルフケア」というと、どんなことをすればいいんだろう、といったことを連想しますが、一呼吸おいて「からだが悦ぶことってどんなことだろうか」と想いを馳せてみると、寧ろ「しないこと」がケアになってるんじゃないかとハッとさせられることがあります…

わたしのセルフケア

おはようございます。 瀧澤さん一週間のブログ担当ありがとうございました。 本日から一週間、テーマ「私のセルフケア」を引きついで寺本が担当致します。 どうぞ、よろしくお願い致します。 今回の主題「セルフケア」という言葉は、身体(からだ)と心(こ…

私のズッコケ操体クロニクル~転んでもタダでは起きるな~

「ズッコケクロニクル」として私の操体のいままでを振り返ってきました。 こうして思い出してみると、私にとってのズッコケ経験は 大切なことに気付かせてくれる、質的変化のきっかけになっていたことを感じます。 操体になくてはならないキーワード「いいか…

私のズッコケ操体クロニクル~間の抜けた日常に~

ズッコケクロニクルというか、いまも油断するとズッコケていることは多々あります。 私がつまずきやすいのは「間」が抜けることです。 操体の臨床では、運動分析から感覚分析、そして、皮膚に至るまで (そして、その先まで)様々なアプローチをもって から…