東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

寺本 雅一(てらもと まさかず)

便利な世の中

「便利な世の中」とはどんな世の中だろうか。 ここ数日そんなことを考えている。 今まで自分でやっていたことを、別の存在に変わってやってもらえる。 それは昔からそのように分業化され、専門家されてきたことではあるが、 その「存在」の比重がヒトから機…

「すること」と「しないこと」のバランス

からだという現象物体には、その構造(つくり)を動かすにあたっての原理原則がある。その法則を身体運動の法則と呼び、この理を自分事として、また自身のからだを通して学習していく。その時に足掛かりになるのが、操体でいうところの「般若身経」である。 …

雑巾の絞り方

からだの使い方を指導する上で、「手は小指、足は親指」という考え方がある。 これは橋本敬三先生の時代の般若身経の根幹にあった基本原則で、創始者の言葉をそのまま引用させてもらえば、「運動の根本は体の中心(腰)に重心を安定させてやることである。そ…

手入れをして、感じられること

以前から不思議に思っていることがある。 この場をお借りしても度々言葉にしてみていることでもあるが、例えば身近なもの、何でもいい。 その対象に対して、「手をかける(手間をかける)」ということをしたとする。 すると、その前と後とで、感じられるもの…

型として身につけなおす

「般若身経」は操体の臨床家、または実践者にとってみると、一種の「型」のようなものでもある。 シンプルかつ効果的な内容であるがゆえに、身につけるより早く、学んでいる事を「応用」してみたくなることも多いけれど、「般若身経」を「型」として学習して…

宿題

今はもう懐かしささえ感じられるわら半紙1枚に「般若身経」とタイトルのついた図入りの資料を私も1枚持っている。 橋本敬三先生は当時自身の学問してきたことのエキスをこのビラ1枚に集約させ、配布していたのだと聞く。そこには、身体運動のことのみなら…

「からだ」が「動く」にあたっての取扱説明書

おはようございます。 瀧澤さん一週間のメッセージありがとうございました。 本日からバトンを受け取って寺本が担当します。 今期ブログのテーマは「般若身経を解説」です。 宜しくお願い致します。 操体に興味のある方や橋本敬三先生の著作に触れたことのあ…

目に見えないものに、目にみえないもので、

今回のブログは今日で最終日となります。 「この時代の暮らし方・私の免疫力アップ法」をテーマに、自然と自分の中で興味の対象となっていた他者のこと、それを踏まえたときのいまの自分自身のことについて、書いてきました。 最後は、ちょうどこういったこ…

交流して、共存して、

他者とのつながりのなかで何かをするというのは、まだ試行錯誤の最中だけれど、 「ゆだねる」ことと、「理解しようとすること」は大切なように思っている。 ゆだねるというのは、相手をコントロールしようとしないことを踏まえてのことだと感じている。 後者…

間に合わなくなって、つながって

昨日の「結界」云々の続きになるけれど、 マスクをつけたり、他者との距離感を気にかけてみたり、 自己と他者との間の連絡はたしかに物理的にも精神的にも 希薄になりやすい状況の中にいるように想う。 望んでいなくても、みんな半ば自動的にそういう生活に…

結界を解いたときに

このブログでも何度か書かれている話題になるけれど、 新種のコロナウイルスの影響によって、「マスク」という道具が 日常生活のなかに組み込まれた。 他者の健康を慮り、また自分の防衛の為でもあるそれは、 目に見える境界線であり、ある種の「結界」を身…

色んな自分とともに

ここ数か月の間に、起こっている変化として、 自分以外の他者の存在について考える機会が増えた結果、回りまわって、今まで見えていなかった自分の一面を知り、それを踏まえながら先へ進む方向を向いている自分がいる。 これは自分のことだけを考えていたの…

免疫力と寛容力

自分のからだや自分の都合ばかりを考えているだけでは間に合わず、自分以外の他者という存在について、もう少し改まって考えざるをえない状況にちょうど対峙していたタイミングで、今年の春季東京操体フォーラムは開催された(zoomによる開催)。 その際に、…

点検してみて感じたこと

おはようございます。瀧澤さん、一週間の投稿、ありがとうございました。本日から寺本がバトンを引き継いでまいります。テーマは引き続き「この時代の暮らし方・私の免疫力アップ法」です。宜しくお願い致します。 ここ数か月間、これまでリアルタイムで経験…

うごくことは、ゆだねること

ウイルスはそれ自身では細胞を持っていないそうだ。 細胞を持っている生き物のからだに侵入し、細胞に入り込むことで 活動を広げたり、増えたりすることができる。 そして、周囲にその影響力を拡げていく。 これ、「ウイルス」を「不安」と置き換えてみても …

うごきは失われていない

いのちをまもるための「自粛」期間のなかで、 気が付いたら社会的にも、肉体的にも、精神的にも もしかしたら必要とされていること以上に縮こまっていたんじゃないか、 そう感じている。 自分の「せいかつ」ってなんだろうか。 生活であり、精神活動でもあり…

飛ばしあう2020春季東京操体フォーラム

おはようございます。 昨日は春季東京操体フォーラムが開催されていました。 当フォーラムとしては、初めての試みでしたが、 「Web配信」という方法を用いて「場」を開放しての開催でした。 各々の立場から、 思っていることや感じていることを こういうご時…

立ちどまることは、動くこと

少し前の話になるけれど、 朝の通勤途中、時間に追われて最寄り駅に向かう途中で遭遇したこんな光景。 3歳くらいの男の子だろうか、 ベビーカーを押しているお父さんに向かって、 「ちょっと、とまって~」 としきりに伝えていた。 それまで保育園に向かっ…

書くことは、動くこと

普段ほとんどラジオを聴く習慣がないけれど、 連日のテレビを介しての過情報に少し疲れたところで、 試しにラジオのチューナーをひねっている自分がいた。 波長の良く通る局にとめたところで 作業をしながら、しばし耳をかたむけていると、 それはちょうどシ…

感じることは、動くこと

気のゆるせる人と言葉を交わす。 とてもシンプルな方法だけれども、 モノを考えられなくなっていた自分にとっては 久しぶりに何かが動いているように感じられる、 なんとも魅力的なこととして感じられた。 何故だろうと不思議に思ったけれど、 本音で相手が…

話すことは、動くこと

おはようございます。 瀧澤さん一週間ありがとうございました。本日から寺本が担当致します。 テーマは「とばす」ということで。 よろしくお願い致します。 ちょうど連関するように、新型コロナウィルスの存在感のなかで ここのところ色々な切り口で「とばせ…

シンプルに、手近に

からだには自ずから「ととのう」働きが備わっている。 これはとても有難いことだ。 この作用に反発することなく、 あの手この手でいい関係を築いていくことが 操体の臨床にとっても、大切なプロセスとなってくる。 からだはモノではないのだけれど、 でも日…

波打ち際にあの言葉

からだのなかで常に起こっているバランス現象。 この営みに対して、できる事ならば追い風に、 少なくとも、余計な邪魔をするようなことは しなくてすむのなら、それにこしたことはない。 とはいうものの、理想と現実には大きなギャップがある。 禅寺の修行道…

のるかそるか

からだからのメッセージのようなものは、 特別な場面でなくてもとても身近に受け取っている。 例えば、「風邪をひいて熱が出て、喉が痛い」という類のメッセージは よほど、根詰めて何かに取り組んで突っ走っていない限り からだに照準を合わせなくても自ず…

サイレンが鳴る前に

からだにとっての「無視」とは何だろうか。 からだからのメッセージを、聞かなかったことにすることだとまず浮んでくる。 「病気」や「症状」、「疾患」などはある程度まで行き着いた結果のことであって、 メッセージとしてはかなり音量や音圧の大きなものと…

モノもからだも

前日テーマに挙げてみた「モノ」に関して感じたことは、 初日にテーマで触れた「からだ」に向けても同じようなことがいえると思っている。 モノは使い込まれ、人が手をかけていく事などを通して、 良くも悪くも味わいのようなものが生まれる。 これは新品に…

モノのいのち

モノには自然治癒力がないかもしれない、と前日のブログで書いてみたが、 それでもモノにもいのちはある、と矛盾しているが感じてもいる。 愛着を持って、大切にしていれば そのモノのいのち、というか 寿命のようなものは延びていくように感じられるし、 結…

イキモノの不思議

おはようございます。 瀧澤さん、一週間の御担当ありがとうございました。 今日から一週間、ブログテーマ「ととのう」を引き継いで、寺本が担当致します。 よろしくお願い致します。 「からだ」という代物は不思議なものだと思う。 操体の世界にアタマを突っ…

がんばってもいいけれど6

「がんばる」についてはとても大切な思い出がある。 操体を勉強し始めてから「バルの戒め」を習い、 特に「頑張る」という言葉の使い方については その意識が自分の周囲やからだに影響することを知り、 気を付けるようになった。 自然と自分の口にする言葉の…

がんばってもいいけれど5

アタマのほうだけで、がんばろうがんばろうと 懸命になることで、からだのことは忘れられ、 意識がどんどん離れていく。 こうなると、こころもからだも消耗の流れに入り込み、 気がついたときにはどちらも疲弊してしまっている。 こういう「がんばる」姿勢は…