東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

寺本 雅一(てらもと まさかず)

簡単には答えのでないこととして

昨日の続き。 「発声」をテーマに、 気になることや気が付いたことを素材にして、 何か自分のするべきこと、自分にできることはないか、 ここ数か月想いを巡らせている。 ひとつテーマを定めて、そのことに不器用にでも取り組むことで、 これは簡単に答えの…

見直しの空間

昨日の続き。 「発声」という営みを、「動き」として見直してみている。 昨年秋のフォーラムで発表の機会を得て、 参加者の方々の意見をいただきながら このテーマについて初めて向き合ってみた。 独りで見直しをしていた時には得られない視点や捉え方を こ…

身近であればなおさら

操体は、「からだ」という 文字通り「身近」なものと 向き合う独特な学問である。 私たちが今まで 「体」だと思っていたものが 実は「からだ」でもあった。 漢字がひらがなになっただけなのに、 似ているようで、まるで異なって見える世界観。 そういった出…

発酵を止めない

操体は直実に進化を遂げている。 橋本敬三先生の時代に遡って、 その地点から現在の景色を想像することは 果たしてできただろうか。 そんなことを考えてみる。 とても重要だと思うのは、 この操体に起こっている「進化」が 水たまりをぴょんと飛び越えるよう…

対話のきっかけ

「見直す」というプロセスの中で 行われていることは、 紛れもなく 自分自身との対話だと思う。 そういう対話の時間と空間を欲している時、 何か新しいものにすがる必要はない。 きっかけは既に すぐそばに揃っている。 2019年春季東京操体フォーラムは4月29…

水をやり続ける

過去に自分が書き残した文章、 ひらめきの萌芽を綴ったメモ。 そういったものを、また手に取ることは 思のほか、それを生み出した本人にしかできない 特別なことであるかもしれないと感じます。 些細なことも含めて、 「何かが生まれる」ような気がして、 ノ…

変化をききわける

おはようございます。 瀧澤さん一週間の投稿ありがとうございました。 本日から寺本が担当致します。 今回のブログテーマは引き続き『改めて見直してみる』です。 宜しくお願い致します。 さて、本テーマですが、私自身にとってはなんだか耳の痛い内容で、 …

バランスという深遠なる世界

操体という畑で、からだについて学び 「歪み」というものに対しての捉え方も 変化してきました。 端から見て「アンバランス」なように見えていても 果たして本当にそれはバランスが取れていないのか。 そういうことも感じる必要があることを知りました。 そ…

向き合う空間

「臨床」って何だろう。 操体と出会って、学びを続ける中で 今でもそういったことについて考えます。 逆に、そういうことを知りたいがために 学び続けているのかもしれないとも感じます。 特にここ数年で、この問い掛けの質が がらりと変化をしてきているよ…

向き合う時間

先にも少し登場しましたが、 「時間」というものが気になっています。 何も意識する事がなくても 勝手に経過し、流れていくもの。 以前は「時間」に関して興味をもつことも 特別考えることもなく、ただ流れていくものであるように 感じていました。 最近は少…

楽を選ばない生き方

昨日に引き続き、 逆に「憶」というものに通じることはないだろうな と感じているのは「楽」という選択肢です。 動診・操法としてあえて「楽」を通す場合は別として 操体を学ぶにつれて、日常生活で口にする言葉、 また意識のボキャブラリーから「楽」という…

時間も変化する?

これも最近、講習やフォーラムなどに参加していて感じる事ですが 半日みっちり、あるいは 朝から晩まで操体漬けという状況の中にいて 「あれ、もうこんなに時間が経ってるの?」 と思う事が増えました。 これは私に限ったことではなく、 その場を共有してい…

名前のついていないものに出会う

最近の操体の大きな特徴として、 まだ名前のついていない物事(モノ・コト)に 触れる機会が増えてきているように感じています。 まだ名前がついていないということは A:存在が認識されていない場合 と B:存在はわかっているけど、名前がない場合 など様々…

その先の世界へ

おはようございます。 瀧澤さん、一週間の投稿ありがとうございます。 引き続き今週は寺本が担当致します。 テーマはなんと「憶の快」ということで・・・。 宜しくお願い致します。 瀧澤さんのブログタイトルにもありましたが 今回のテーマは私自身のなかで…

身体芸術と操体

昨日の秋季東京操体フォーラム、お陰様で無事に終了致しました。 ご参加くださった皆様、ありがとうございました。 今回は「身体芸術と操体」というテーマにまさにピッタリなミュージシャンの佐藤正治氏にご参加いただいたり、相談役の川崎先生がいつも以上…

途方もないけれど愉しい

おはようございます。 本日は東京操体フォーラムが開催されます。 今回ブログのテーマとなっている「常識を疑う目」 まさにそんなまなざしに通じる話が飛び交うのではないでしょうか。 かくいう私も発表の機会をいただきまして、 私が今回「メス」を入れてみ…

空間を介して吸収する

今回、機会をいただいて「常識」と「非常識」について 思いを巡らしていますが、 自分自身を振り返ってみると、 とはいえ常識に「縛られて」いるようなところがたくさんあるように感じます。 一番そのことを感じるのは、赤子や幼児と接する時です。 例えば、…

宿りしもの

「操体の常識は、世間の非常識」、 とは仲間内でよく話のでる話題ですが、 操体の目指しているところは、 からだにとっての本当の常識って何なのかということに 既知未知含めて学問にしていくことだと思います。 その方法として採用している画期的な方法が …

空間を与える

モノゴトに向き合うためには ただ向き合うだけではなかなかうまくいかないように、最近感じている。 これは単に時間の長さの問題ではないように思う。 短くても、良質の時間を過ごすことはできる。 例えば、普段の仕事や生活の流れのままに 何か別の大切なこ…

常識から生まれた非常識

「非常識」といっても一括りにはできないように思います。 常識と正反対のものを、敢えて選択した結果の非常識があれば、 常識をとことん精査した結果、「あれ?」と疑問を持ち 今までの常識を見直すことで非常識が生まれることもあるように思います。 「操…

大きな器

おはようございます。 瀧澤さんのウサギのエピソード、大好きです。 一週間ありがとうございました。 本日から寺本が担当します。 テーマは引き続き「常識を疑う目」です。 宜しくお願いします。 疑う前にまず 身につけることすら容易ではないもの。 「常識…

可能性を味わうように

昨日に引き続き、 「味わう」ということに最近興味がある。 私自身を振り返ってみるとき、 いかに常日頃、味わうことなく生活しているか、 ということに気付かされる。 例えば、大好きな定食屋さんに行って 先週も食べた好物のものを食べていても、 本質的に…

山の上のコーヒー

単純に好きというのもあるが 仕事柄、常日頃コーヒーが欠かせないものとなっている。 補給するのはもっぱらインスタントものだ。 日に何杯も口にするなかで ふと、「山の上で飲むインスタントコーヒーは格別だったなぁ」 と思い出す。 これは大学で探検部に…

奪わないために

自分の事であればまだしも、 自分以外の存在について その「可能性」を奪ってしまっているようなことが 自分は結構多いなと感じる。 そういったことに直面するなかで 可能性を奪うような 「余計な事をしない」ようにする為に どうすればいいのか。 もしかし…

可能性に逆らわない

臨床のことから少し世界は離れるが 夜毎、うちのニホンヤモリの「ご飯」を求めて 狩りに出かけていると、時折不思議な出来事に遭遇する。 ターゲットとなるクモが見せてくれることなのだが、 捕獲容器で捕まえようとすると 「絶対に捕まってなるものか」と言…

可能性に委ねる

「治すことまで関与するな」 昨日に引き続き、これも創始者から未だに問いかけられ続けている 名言だと思います。 何を言わんとしているのか。 操体の臨床家を目指す人間は、この言霊を咀嚼し続けながら では、成すべきことは何なのか、 受け取るということ…

可能性を見据える

「やるやらねえはテメエの勝手」。 操体の創始者の姿勢が滲み出ている言葉だと思います。 一見すると、冷たく突き放しているようにも思えますが、 寧ろ、相手の可能性を見据えているからこそ伝えられる 「指導者」の言葉なのだと感じます。

可能性と向き合う

昨日のブログ、身体運動から身体芸術へ。 「芸術」という言葉も 特別な営みではなく、何だか身近に感じられてきますね。 瀧澤さん一週間ありがとうございました。 本日から寺本が一週間担当致します。 テーマは引き続き「可能性」です。 宜しくお願いします…

できることは、あるかもしれない

(昨日の続き) からだを診ることと、楽器や音楽に向かう事は 「ヒビキ」というキーワードを持ってつながりをもつことができる。 このようなことを考え始めたのは、 のらりくらりと続けてきた音楽活動を昨年「冬眠」してからのことだった。 音楽での活動で知…

読譜

(昨日の続き) 「からだ」という動態を、ある種の「楽器」に喩えてみるとき、 からだへの「触れ方」は、 楽器の「扱い方・弾き方」に通じるように思う。 一方、触れるというその前に常に問われていることもあり、 それはからだの「どこに触れるか」というこ…