東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

三浦 寛(みうら ひろし)

7日目

私ごとではあるが、五十数年、学び続けている学問ではあるが、その学びにはスジがとおっていると思う。 今、私が問いかけ続けている展望も、新たな操体、行く先々の道筋に導かれているようだ。 私が取り組んでいる操体とは、そんなものじゃないだろう。 まだ…

6日目

すでに学びの道筋は、通っているのですから、まずそれに従って教え導いていけばよいのです。 私の修業当初、何があったのかというと、まず言葉ありで、操体ウンヌンというものではなかった。 「哲学」的なことばかりであった。 生涯問い続けていかねばならな…

5日目

どんなご縁あってのことか、とにかく、私は操体を学びにくる人達とは、すごい人だなあと思っているんだ。 すごいと思っているけど、まだ磨かれていないのだと思う。 今まで生きてきた中で、また学んできた中で、また実践してきた中で何かが不足しているな、…

4日目

師(橋本先生)は来る者をこばまず、去る者を追わずであった。 遠方はるばる来訪する。目的があってのことだろう。 その目的を遂げれば去っていくだろうし、居続ける者もいるだろう。 私は、先生の指示で東京で開院したが、先生の側にいたくて、月に一度は仙…

2日目

一風変わった変人、奇人。 現代医学の医師なのにドロップアウトしてしまった橋本先生。 一般市民なのだが、強い意志と信念を貫く生き方は、変人、奇人である。 私自身も、どこか似ていないこともない。 操体をなぜ学びにくるのか、何か惹きつけるものが操体…

3日目

いつもながら私自身のことを語れば、五十数年前、チャリンコに乗った一人の初老の紳士に出会ったことが、この道に入った、きっかけである。 その紳士が、たまたま医師であったこと、そこで学んだことが操体であっただけのことである。 たまたまそうであった…

1日目

今日から三浦が担当します。 操体を初心者に説明する。 何から手をつけたらいいのか。 しばらくの間、ペンを取らずに漠然考えを巡らせていた。 初心者といっても、まったくの素人もいれば、医師でありながら、職業を明かさない人もいる。 芸術家もいれば、多…

七日目

「楽と快はちがう」どう違うのか、そして動診と操法にどう快の問いかけを生かしていくのか、そして「感覚を重視しろ」と話されたこと、これは運動分析から感覚分析への転換を求めているのであった。そのことを書き示したのが、この処女作である。 しかし、未…

六日目

それだけ予約が入っていたということは診立ても、臨床の腕も上がっていたのであろう。 しかし、自分の時間は極端にそがれていた。 まさに酸素不足のコイだ。 では脳ミソが腐らぬ手段はと考える。そうか、自分が学んだことを本にすればいい。 操体に関する作…

五日目

私は当初、臨床の世界で生きていくとばかりに思っていた。 しかし、橋本先生の哲学を学んでいくうちに、何かそれは違うなと思いはじめる。私が30代の半ば、仙台の先生から電話がかかってきた。 佐助*、患者ばかり診ていると「脳ミソが腐ってしまうぞ」と灸…

四日目

今、そして、操体史が大きな変動期を迎えている。 それを仕掛けた張本人は、私である。 どんなにすばらしいことであっても、時代の流れとともに、弊害がうまれてくるもので、師の後につづいて学ぶものは、必ず「見直し」が必要である。 私は再度、弊害を取り…

三日目

今、学びの中で思うことは、当時の私は、次々に変化し生まれかわっていく操体法の連続史のど真ん中いたということである。 ハイ、わかりました。と言ったものの、雲をつかむようで、何のことかわかるはずがなかったのである。 そのヒビキのある先生の言葉が…

二日目

入門し3年、4年と月日が流れる。 先生の診療が終わり、先生と火鉢を囲み、お茶を頂く。 「こんな難しいことに首を突っ込んでよく学んだな。しかし一生愉しめるぞ」 と言われる。 患者には「簡単な」ことと言い、私達には「こんな難しいこと」という。 学問…

私の操体史(初日)

今日から三浦寛の担当です。よろしくお願いいたします。 「私の操体史」が今回のブログのテーマになっている。 私の操体史は、橋本敬三先生の操体史に重なるもので、その史観は私の生命観で有り、人生観である。 私が先生の内弟子に迎え入れていただいたのは…

ヒラメキ

誰も手をつけず、気づいてこなかったことに注目しつづけ、四年、五年の歳月が流れてしまった。参考文献になるものは、今まで学びつづけてきた、私の学習の中の記録である。 それでも今まで書きつづけてきた内容は数百ページにも及ぶものになった。これから先…

厚みを加えて

五年ほど前から、あるテーマにむけての執筆が今なおつづいている。 その間、千枚以上の原稿が清書され、何百ページにもとじられている。 しかし、終わった訳ではなく、今もなお、執筆が加速し、新たな展開を見せつけてくるのだ。 だからといって、何枚もの原…

正当に

見直すってことは、学んできたことを改めて見直す、見直していくこともそうなのだが、それは学んできた自分自身も、改めて見直していくことなのだよ。そして先人(父)が学んできたことも、常に見直していくことだ。 操体法の学びは、「からだが正当に使用さ…

易の話

先日、畠山が一つの易の話を、私に教えてくれた。 それは山風蠱(さんふうこ)という易の卦(か)の初爻(しょこう)の話だ 「初六(しょりく)。父の蠱(やぶれ)を幹(ただ)す。子あれば考(ちち)も咎(とがめ)なし。厲(あや)うけれど終には吉なり」…

塩づけ

今回のテーマは「見直し」でしたか。 私も今、執筆中で、「勢い」余って、原稿を書き上げてしまうことがある。 勢い余った分、修正箇所が目立つ。 清書できる段階じゃない。一週間、そして一ヶ月、塩づけした後に再度見直す。 一年間塩づけにしておいた後に…

世界への貢献

何年か前から、幼稚園に通う女の子(娘)と、今春、中学生になる少年(息子)と縁がある。 私は、弟子のつもりで心を配っている。 皆、どう思う? 六十四歳年下の教え子、弟子。五十八歳年下の弟子が出現したとしたら……。 なんと、未来は明るいことでしょう…

場当たり

ふと忘れた頃に、突然前ぶれもなく、ブログが巡ってくる。 今は四月の半ば。隣に咲く、樹齢百何十年になろうとする二本の桜の木。今年も見事に開花し、葉ざくらになってしまった。 満開時にはメジロも飛んできて、蜜を吸っていた。ベランダから、目の前に咲…

人生のご縁2

師が亡くなられてすでに数十年。 それでも師とのご縁が続いている。操体の学びも、生涯ありがたく続いている。 私は毎年、5回は師の墓参りをしている。 なぜなのか。 操体という命を耕し肥やし太らせているからなのだ。 そして自身のいのちを育んでいる。 …

人生のご縁1

ところで1月、長年、操体に関わってきた人の訃報が入った。 私と同世代で、橋本先生のそばで学んでいた同志である。 去年、しばらく音信不通だったその人から何の前触れもなく電話がかかってきた。 とても懐かしんでいるようで、昔のことを思い出しては何度…

よく似た人

先般、街を歩いていたら見知らぬ男性から「カトウコウジさん」でしょ?と声をかけられる。 世の中には私によく似た人もいるものだと感心する。 いったい、そのカトウコウジなる人物は何者なのか。 世界には私とよく似ている人がけっこういるのだろうネ。 そ…

いざとなったらできる

普段、色々な人に話を聞いていると、コツコツとチャレンジを繰り返している人だけが言えるセリフがあるのだという。 それは「いざとなったらできる」というセリフらしい。 また腹が据わっている人にも、おまじないがあるという。 それは「一生、やり続ける」…

価値

「価値」といえば、「初心の価値」という言葉がある。 「名を上げたい」「体面を守りたい」。 そんなことを気にするあまり初心を曲げてしまってはおしまいだ。 一度曲がった初心は二度と元には戻らない。 さらに、こんなこともあるようだ。 ひとたび才能が開…

サメ図鑑

「ほぼ命がけサメ図鑑」なるものが2018年5月に講談社から出版されている。 ほぼ命がけサメ図鑑 作者: 沼口麻子 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2018/05/10 メディア: 単行本(ソフトカバー) この商品を含むブログ (3件) を見る 魚好きの私には、とてもお…

自身

今週一週間は三浦寛が担当致します。 二月に入り早々にブログの担当がまわってくる。 申告で追われる時期に重なるようだ。 私の場合は一週間分を書き留めておく必要があり、数時間で書き上げてしまう。年が変わり、すでに二月とはいえ、早々と春一番が吹き荒…

必然の変化

今、私が学んでいることの中で目まぐるしく変化していることは、 橋本先生の時代に使われていた「用語」が今、次々に死語化して消えていくことだ。 当時は必要不可欠な用語であった。 今は次々、新たにふさわしい「用語」に転換されている。 当時、生体のバ…

眠りの火種 残り火

うたた寝、安眠、熟睡、そして根睡(こんすい)眠り。バロメーター 早朝、喫茶店で2、3時間集中しているとツーつと 意識が消えていくように10分か15分ほどうたた寝してしまう。 脳の眠りではなく、からだが要求してくる眠りのようだ。 その眠りを「眠りの残…