東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

三浦 寛(みうら ひろし)

人生のご縁1

ところで1月、長年、操体に関わってきた人の訃報が入った。 私と同世代で、橋本先生のそばで学んでいた同志である。 去年、しばらく音信不通だったその人から何の前触れもなく電話がかかってきた。 とても懐かしんでいるようで、昔のことを思い出しては何度…

よく似た人

先般、街を歩いていたら見知らぬ男性から「カトウコウジさん」でしょ?と声をかけられる。 世の中には私によく似た人もいるものだと感心する。 いったい、そのカトウコウジなる人物は何者なのか。 世界には私とよく似ている人がけっこういるのだろうネ。 そ…

いざとなったらできる

普段、色々な人に話を聞いていると、コツコツとチャレンジを繰り返している人だけが言えるセリフがあるのだという。 それは「いざとなったらできる」というセリフらしい。 また腹が据わっている人にも、おまじないがあるという。 それは「一生、やり続ける」…

価値

「価値」といえば、「初心の価値」という言葉がある。 「名を上げたい」「体面を守りたい」。 そんなことを気にするあまり初心を曲げてしまってはおしまいだ。 一度曲がった初心は二度と元には戻らない。 さらに、こんなこともあるようだ。 ひとたび才能が開…

サメ図鑑

「ほぼ命がけサメ図鑑」なるものが2018年5月に講談社から出版されている。 ほぼ命がけサメ図鑑 作者: 沼口麻子 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2018/05/10 メディア: 単行本(ソフトカバー) この商品を含むブログ (3件) を見る 魚好きの私には、とてもお…

自身

今週一週間は三浦寛が担当致します。 二月に入り早々にブログの担当がまわってくる。 申告で追われる時期に重なるようだ。 私の場合は一週間分を書き留めておく必要があり、数時間で書き上げてしまう。年が変わり、すでに二月とはいえ、早々と春一番が吹き荒…

必然の変化

今、私が学んでいることの中で目まぐるしく変化していることは、 橋本先生の時代に使われていた「用語」が今、次々に死語化して消えていくことだ。 当時は必要不可欠な用語であった。 今は次々、新たにふさわしい「用語」に転換されている。 当時、生体のバ…

眠りの火種 残り火

うたた寝、安眠、熟睡、そして根睡(こんすい)眠り。バロメーター 早朝、喫茶店で2、3時間集中しているとツーつと 意識が消えていくように10分か15分ほどうたた寝してしまう。 脳の眠りではなく、からだが要求してくる眠りのようだ。 その眠りを「眠りの残…

主人のいる空間

島地先生が緊急入院され、サロンにはまだ出勤されていない。 順調に回復されているようだが、入院中である。 主人がいない空間がどんなものなのかは、 私自身、師を亡くして、その空間がよくわかる。 まるで火が消え、 温もりのない更地の様な空間だ。 呼吸…

写真にうつるもの

スペイン在住の小野田氏から マドリードでのセミナーの写真が送られてくる。 その中の1枚に数十年前に撮られたと思われる白黒の写真も含まれていた。 私が好きな撮られ方である。 海外でセミナーをすると、様々な撮られ方をされてしまうから、注意が必要にな…

而身

而身(じしん) 先日のブログで少し記載した言葉。 この言葉は仙台で開催された「ある集まり」に出席し、亭主の松岡正剛先生につけていただいた私の俳号である。 而身(じしんー自身) この人生69年間、自身で通してきた私にとっては70歳を迎え、 自身を而身…

けじめ

このブログに目を通している誰とは問わず、 自分而身(じぶんじしん)に正直に向かい合って、書き添えてみたい。 今から50年前の成人式は、橋本先生と奥さまに成人を祝っていただいた。 そして、今年、70歳を迎え、多くの皆さんに祝っていただく。 そうした…

スマホデビュー

今日から三浦が担当します。 毎回のテーマは、私自身が思いつくままに決めているのだが 今回はそのテーマに該当する内容がすぐには浮かんでこない。 今日、ブログの原稿を渡す予定になっている。 当日になっても、そのテーマらしい原稿をシクシクと書いてい…

操体の未来2

今までのこだわりを捨てて、 このクエスチョンの中身をあからさまにしていくことである。 「三浦は一人、何をつぶやいているのだ」と 他人事として受け止めて欲しくはないのである。 私も皆さんと同じ操体という器を学んでいるのだから、 三浦一人のたわごと…

操体の未来

この世界は七十数年前に 陽の時代から陰の時代に時が変わったと言われる。 確かに全てのことが今のままでは間に合わない、 対応しきれない状態に追い込まれている。 操体法も流れが大きく変化した。 「楽から快への転換」である。 今、「快」への問いかけが…

変化し続ける

操体法の創成期の時代は 主に体幹の動きをからだの正中に集約し、 生体のバランス制御を測る目的がなされていた。 「正中集約運動」である。 しかしながらそれでは制御がきかなくなった。 それが「快」への転換である。 しかしその制御が未体系のままである…

構造運動力学

今まで捉えてきている「構造運動力学」にしても、 それは構造からみた運動の範囲内のことである。 つまり体幹構造から捉えた運動のことである。 それは四肢末端から捉えた四肢末端と体幹とをつなぐからだの動きとは別である。

可能なレベルになる

最少エネルギーで最大の効果を発揮するような、生体のバランス制御を考える。 それが一体何なのか。 そこが目の付け所である。 操体法はまず最初に「楽」を生体のバランス制御に定めた。 しかし「楽」ではその制御が十分でないことを理解し、 後々橋本先生は…

光を当てる

学ぶということは日々の事始めである。 そのことはじめに何を目につけたのかによって、 入ってくる情報(知識)も変わり可能性も大きく変化する。 変化していくことに新たな可能性が生まれてくる。 その可能性も自分のいのちのごとくに生きているのだ。 いく…

継続

今週は三浦寛が担当します。よろしくお願いいたします。 毎回私がテーマを決め、一週間、各人がそのテーマで書いている。 すでに十数年継続しているが、長く続いているっていうことに 「とても大きな可能性があるんだろうな」と私は思っている。 今回のテー…

学びつつ、ヒビいてくること7

筆まめな人とは 誰かを思い 誰かのために 費やす時間を何よりも贅沢な至福の時間だと想っている あなたにとって誰かとは誰なのでしょうね。 一週間三浦が担当しました。ありがとうございました。 blog.teizan.com

学びつつ、ヒビいてくること6

アシンメトリーとは非対称のことである バラバラに散らかされているようで全体として見事に調和が取れていること 対称とは全体が見事に調和されているようで、実はバランスが取れていない 対称とはからだの動きからとらえてみると不都合なバランスなのである…

学びつつ、ヒビいてくること5

何かに向けて取りかかるとその段階で仕事の半分は終わっている 何かに向けて取りかかるとは、すでに下準備が完了しているということだ 学び続けている中で その学びの貯蓄にふさわしい言葉と発想が必然として生まれてくるものなのだ ただ欲を出すと止まって…

学びつつ、ヒビいてくること4

孤独こそ 異常な好奇心と創造力を生み出すものである 孤独だから学び続けていくことができる しかしそれは、学ぶことが成熟したヒトだけが到達できる境地なのかもしれない 孤独を知らない人は品がないともいわれる 孤独を味わえる人は選ばれた人ともいう 孤…

学びつつ、ヒビいてくること3

従来の操体には大いに不満がある 明かすべきことも封印しているからだそれに気づかぬ者は自分を偽り続けて学んでいることになる。 しかし本人は今のまんまであり続ければ必ず危機が来る、存続できないそんな危機感も感じないとは…。 何を言っているのかわか…

学びつつ、ヒビいてくること2

操体法とは 臨床もどき 治療もどきのもどき加減ではない 哲学である その哲学とは 生命哲学である この世界の生命観、宇宙観を学ぶことなのだ。 ただのもどきに終始しても操体は理解できないだろう。 橋本先生はどう見ても右脳回路をもった師だ。 左脳思考で…

学びつつ、ヒビいてくること

今日から一週間、三浦が担当します。 からだの無意識が認識している中心と 本人の思考が認識してしまっている中心には誤差がある 生命のロマンは人生のロマンにつながり 操体のロマンにも密接につながっている 性のエネルギーは背筋力 世のエネルギーは腹筋…

落語から

最近、立川談志の落語を毎晩聴いて寝ることにしたのだが 「金持ちのストレスとは貧乏人が私と同じことをやることにある」という 内容の小話がある。 海外旅行にいけば彼らも行く。 うまいステーキを食えば、彼らも食う。 たまにうな重を食えば、彼らも食う。…

大人のなみだ

時に一筋の涙が流れることはないかい?自分の労を労っているような涙なんだろうね。 人前で涙なんかというけれど、こうした涙は、別に恋人にも奥さんにも見せる必要はない。自分の涙なんだから。もし子供にみられたら、見せておくことだ。大人になってわかる…

プロセスの面白さ

今、私はある内容を原稿に残している。原稿に活字を重ねさらに読み直しながら、書き直しを続けていく中で今までの捉え方との違いを、私はハッキリととらえてきた。 私の考えの中でがはっきりしてきた。これは私にとっての大きな収穫であった。それを新たに文…