2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧
先日、南会津で行われた伝統療法カンファレンスに参 加した時のこと。 一日目が終わり、夜の懇親会前の時間を利用して、師 匠と三人の仲間たち(私、Tさん、Mさん)で男湯に 行きました。 たまに勉強会の後やフォーラムの準備前などでメンバ ーが集まった時…
ある程度の手先の器用さは持っている(けっこうDIY 精神があります)と思いますが、それもある程度まで です。 操体的なからだの使い方や、動診・操法における操者 の介助、補助、言葉がけなどの習得は、やはり器用な だけでは間に合いません。 どうしたって…
実行委員メンバーは「操体」と「操体法」をちゃんと 区別して勉強しています。 「操体」という橋本先生の哲学があり、それを臨床と いう目に見える形にしているのが「操体法」です。 ですから「操体法」は「操体」ありきです。 「操体」を勉強しないで「操体…
センスがあるかどうかは人からの評価に譲りますが、 感性であれば、なかなか捨てたものではないと思うこ とがあります。 感性って、「なんとなくだけど、これ!」っていうよ うに、勘がはたらくといいますか、はっきりとしたエ ビデンス(根拠)や見通しが無…
黒髪が好きなので髪を染めたことはありませんが、髪 型は随分と変えてきました。 髪型を意識し出した中学生の頃から振り返ると、6:4 分けから始まり、ボーズ、ソフトモヒカン、オールバ ックにピンパーマ、ボブにツーブロックの7:3分けか らのちょんまげスタ…
香さん、一週間ありがとうございます。 今週担当の瀧澤です。美しい星空の下からお届けしま す。 因みに「星の王子さま」のサン=テグジュペリとは誕 生日が一緒だったりします。 「センスいいね」 大人になった今でも、人から褒められると嬉しくなり ますが…
夢。 寝ている間に見ている、夢。 どんな夢を見ていたのか? 忘れてしまっている時と鮮明に覚えている時があります。 現実ではこんなことはないだろうという夢、現実と同じような内容で、夢なのか現実なのか混同するような夢もあります。 記憶と関係するとい…
昨日、クラシックコンサートに行ってきました。 曲をたのしみながらも、演奏者の姿勢、立ち居振る舞いから伝わってくるノンバーバル(非言語)なものも、かなり受け取りながら聴いているのだと再認識する時間でした。 音楽にふれると、日々、視覚が非常に優…
他人がどう言おうと 自分が自分を 愛することが 夢の実現につながる ミッキーマウス決断する言葉 ニーチェの強く生きる方法 作者: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店 発売日: 2015/03/20 メディア: 単行本 この商…
最近「自己責任」の意識を身近に感覚できるようになりました。 橋本敬三氏は、最小限責任生活として、息(呼吸)、食(飲食)、動(身体運動)、想(精神活動)といわれていました。 この感覚が自分の中に馴染むと、日々の行動も変化します。なにげなく選択…
今日は、いけばなについて書いてみます。 生花には基本花型という、ルールに則って生けるものがあります。長さ、角度、方向性がそれぞれの花型によって決まっています。このルールに従い生けるのですが、初めて生ける時は、そのルールをうまく表現できません…
先日、映画を観てきました。 www.disney.co.jp 巨人と女の子のお話です。 原作は、イギリス児童文学界の巨匠ロアルド・ダールの作品だそうです。 女の子から観た世界と、巨人から見た世界を映像を通して楽しんできました。 視点が変わると、大きな違いがあり…
今日から一週間担当いたします、香です。よろしくお願いいたします。 感性・センスと聴くと「磨く」というイメージが浮かびます。 磨くためには、「はい」と受け取ってみることが大切だと感じています。受け取ってみて、その後に、受け取り続けるか、止める…
つづき 大きな樹のそばに坐っていると、神を感じるのはたやすい。 が、アスファルトの路上に坐っていると、そのまわりをくまなく捜しつづけることができるのだが・・・・・・それでも神を見いだすことができない。 それはあまりにも破すぎる。 まわりには鉄筋や鉄…
つづき 蜜を集める蜜蜂について、二番目に理解しなければならないこと。 タントラはそれを存在の構造化されていない状態、様式化されていない状態だという。 もし我々が習慣に従って生きるなら、その習慣は過ぎ去ったものに属しているのだから、人生を楽しむ…
つづき 狂った政治家たちは狂った家族に依存している。 狂った宗教も狂った家族に依存している。 そのような狂った連中が我々を抑圧してきている。 その連中は我々が女性、あるいは男性、あるいは関係性から離れてゆくのを許さない。 連中は「あなたは一緒に…
つづき 我々は人生における関係から生じた退屈さをとにかく紛らわそうとしている。 テレビの前で何時間にもわたって坐りこんでいる。 何と愚かなことか! あるいは雑誌を読み、あるいはラジオを聞き、あるいは新聞を読み、あるいは退屈している人々が集まる…
つづき 我々はいつでも自分は自由だと思っているようだが、決して自由ではない! 我々はある一定の範囲内で動きまわることができる。 が、自由ではない。 家族についてもそれは同じである。 もし、家族という刑務所の境界を越えはじめたら、そのとき、自分が…
つづき 花の蜜を集める蜜蜂については、二~三のことを理解しなければならない。 ひとつめは、蜜蜂はどの花にも決して執着しないということ。 それは最も深遠な秘密である。 蜜蜂はどの花にもこだわらない。 そして中心となる家族を持たない・・・・・・。 妻も夫…
テーマは「感性、センス」。 このテーマは、タントラ的に語ってみたい。 ほんの少し郊外に出ると、まわりには数知れない花が咲き乱れている。 そのような自然の中にある全存在は花に満ちあふれている。 そこでは鳥たちも歌っており、花から蜜が降りそそいで…
感性とは煎じ詰めていえば、天命軸を感じる生き方なのである。 天に命じられるがごとき、使命感を自覚する生き方なのだろう。 あの福沢諭吉も、「独立自尊」を掲げていたという。 それは、何とかしてほしいといった自立心の欠けた発想意識でなく、 自律的な…
限りなき意識において、人生の続く限り、養生を提唱したい。 健康を他人に左右してもらう時代は、もう終わってしまうようだ。 世界保健機構による「健康の定義」によれば、 「健康とは、完全な肉体的、精神的および社会的福祉”の状態”にあり、 単に疾病、ま…
修行すればするほどバランスよくなってくる。 軸をどのように受け取るのか、それも修行のプロセスになる。 そこから上下連動、左右連動、上下対角の連動も体感する。 名人・達人は一代限りというという時代もあったかもしれないが、 深化した軸に学び、連動…
非日常を意識していればこそ、感性磨きになるようだ。 現象としての生命、その語りかけに響くものを受け、 味わうことで「からだ」との接し方は始まっていく。 なので、今置かれている生命環境を招いたのも意識である。 多くは、病や別離、負債をきっかけに…
かんじるものは、かんじるもの。 感性を磨こうとするには、まず「からだ」を知ってもらいたい。 漠然と「からだ」といっても、色々とらえかたはあるだろうが、 息ある「からだ」は、日常の欲望や生活習慣では、縛られない。 然り、わかってしまえば、わかる…
『さびしい時はさびしがるがいい。 運命がお前を育てているのだよ』 (劇作家、倉田百三氏の「出家とその弟子」より) 大正~昭和に活躍されていた劇作家の一文。 人生には、どんな瞬間であっても価値があると励ましてくれる。 意識により、言葉に自分自身の…
今週の担当は、岡村です。 「感性・センス」でつらつらと綴ります、よろしくお願いします。 <感性の価値> 日々積み重ねている日常は、 どこからどこまで価値のあるものなんだろうか。 作業なのか、仕事なのか、雑事なのか、 追われているのか、追い込んで…
自己肯定感。根拠のない自信。センスや感性はそういった目に見えないものを軸にしている。なんか知らんけどうまくいく。ゾーンに入っているから夢中で行う。そのような意識の中で生きていけたらいい。成功のイメージを持って未来へ進みたい。 一週間お付き合…
セレンディピティー(serendipity)偶然の賜物という意味の英語がある。センスももしかしたらそれにあたるかも?ちょっとしたきっかけで、いままでできなかったものができるようになることがある。操体法も同じ。今までできないと思っていたことができるよう…
最近、社会全体がボケの人を探してツッコミに徹してる気がする。特に著名人、有名人は大変だ。ちょっとでも社会道徳から外れたら最後、SNSやメディアに一挙に叩かれる。もちろん理屈では悪いことしたと思う。しかしそこまで社会制裁を加えなければならな…