東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

憶の快ってなんだろう⑦

操体を日常に生かす。それには、この「からだ」が常に「うごいている」こと抜きには語れないでしょう。般若身経。形をつくるのではなく、感じるプロセスによって形になっていく。毎朝「からだ」にききわけながら、生かされているところから始まる「うごき」…

憶の快ってなんだろう⑥

今も継続していただいている三浦先生との個人レッスン。レッスンが始まったばかりのころは、毎回レッスンの頭に臨床を受けるところからのスタートでした。人にやる前に、まず自分が味わってみないとネ。というわけで、皮膚を介して「からだ」がききわけてい…

憶の快ってなんだろう⑤

調和的な勘、それは何かと共に生きていることを直感的に感じることなのかもしれません。共生といえば、僕たちの消化管のなかにはマイクロバイオータ(腸内に生息する微生物群)が存在し、消化活動や免疫系だけではなく、「微生物語(びせいぶつご)」を介し…

憶の快ってなんだろう④

感覚の源流といえば、原始感覚。橋本先生はこんなふうに書いておられます。 からだの設計にミスはない―操体の原理 作者: 橋本敬三 出版社/メーカー: たにぐち書店 発売日: 2002/12 メディア: 単行本 クリック: 24回 この商品を含むブログ (24件) を見る 「自…

憶の快ってなんだろう③

生理的欲求、いわば「からだの要求」といえば、生まれたばかりの頃の僕らは、それはもうシンプルに反応するというところからスタートします。原始反射というこの時期特有の反射もありますが、それは「刺激に対する反射」という単純な生理だけで語られるよう…

憶の快ってなんだろう②

からだの奥から「ホッ」とする感じ。緊張から弛緩への状態変化が生み出す感覚とも言えるかもしれません。 しかし、それがからだの奥からということになれば、筋骨格系横紋筋系運動系の視点だけでは見えてこないでしょう。この辺りは「楽」では決して味わえな…

憶の快ってなんだろう①

香さん一週間ありがとうございます。今週担当の瀧澤です。引き続き、テーマは「憶の快」です。よろしくお願い致します。ここ最近、久慈ではつよい風が吹いています。冬といっても晴れの日が多いので、風がなければ気温が氷点下近くでも耐えられないほどでは…

共に生きる

自分と向き合うということは、「自分」で完結せずに、その「自分」を生かしてくれているものにも目を向けることなんじゃないかと感じています。僕らは何と共に生きるのかこの問いが抜けてしまうと、操体における身体表現は運動としての身体表現で終わってし…

黒いウサギ

幼稚園の頃、あれは確か授業参観日。各々が画用紙に描いたウサギを見て、あれ?自分だけなんか違うと感じました。周りのみんなは白やピンクのウサギを描いていたのに、僕が描いたのは黒いウサギ。いつか図鑑で見たアマミノクロウサギを思い出し、「黒いウサ…

不快を避けたから

橋本先生の時代においては、操体法は「楽な動き」を選択してきました。時代が変わり、操体は「楽」から「快」へ、そして、さらに……という具合に常に進化し続けています。その地点から「楽な動き」というものを振り返ってみると、ある疑問が湧いてきます。そ…

原始感覚

「原始感覚」……「からだ」にとっての快・不快を ききわける能力。またの名を勘。橋本先生は、「からだの設計にミスはない」の中で「原始感覚」について触れておられます。この「原始感覚」について、「天来の感覚」、「神からの授かりもの」と書いておられま…

僕らのゴール

「大人」を最終的なゴールに据えて人間の成長を考えるともったいない気もします。「大人」になるにつれて身に付けていく「息」、「食」、「動」、「想」の過程にあるものは「自分の意思」と集団の中でのルール。これも、欠かすことのできない「環境」との関…

飽くなき好奇心

香さん一週間ありがとうございます。 今週担当の瀧澤です。引き続き、テーマは「常識を疑う目」です。よろしくお願い致します。「常識を疑う目」を持つ人間の言動は、時として非常識のレッテルを貼られることがあるかもしれません。しかし、「常識を疑う目」…

身体運動から身体芸術へ

「操体的なからだ」とは何だろう?「からだのメッセージ(感覚)をききわけられるからだ」なのかもしれないし、「からだの使い方、動かし方の作法を身に付けたからだ」なのかもしれない。Wikipediaによると、芸術とは「表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互…

サンプリングと温故知新

昔から一リスナーとしてヒップホップに魅力を感じているが、その一つに楽曲制作におけるサンプリングが挙げられる。既存の曲(原曲)の一部分を切り取ってループさせたり、つなげたりしてできた曲は、原曲に対するリスペクトもありながら、さらに新たなもの…

再びレオナール・フジタ

先日、東京都美術館で開催されている「藤田嗣治展」に行ってきた。藤田の生涯や作品もさることながら、やはりあのトレードマークであるおかっぱ頭と丸メガネ、ちょび髭には目を奪われる。彼に興味を持つようになったのが、切りたての髪を見た仲間の「あっ、…

雨とカタツムリ

雨の日も坂道を歩いてみる。いつもなら、道端の草花に密集しているカタツムリが雨に乗じて、道の上まで這い出してきている。カタツムリは湿気が好きだから(というより乾燥に弱いから)、雨の日は悦んでいるものとばかり思っていたが、かえって溺れてしまう…

トンボと小指

朝の日課で家の前の坂道を歩いていると、トンボを見かけるようなった。季節は夏から秋へ移ろっている。ある日、手をかざしながら空を見上げていると、一匹のトンボが左手の小指にとまった。10分の1か。センスがあるトンボだなと、なんだか嬉しくなった。自分…

空と朝散歩

最近の日課は、朝起きたら家の前の山に続く坂道を登りきったところで、その日の空を眺めること。ゆっくり歩いて、足から伝わってくる感触を感じながら、その日のからだを確かめる。ホッと一息つきながら空を見上げて、その空を見ながら何を感じているのか確…

ワンクッション

香さん、一週間ありがとうございます。今週担当の瀧澤です。テーマは引き続き「可能性」。よろしくお願い致します。「そうかもしれないですね」人と話していて、口に出さなくとも、この言葉が浮かんでくるときは調子がいい。会話が建設的に広がっていくよう…

今日も息を吸い込んで

とあるアコーディオン操者の「日々の賛歌」という曲を初めて耳にしたのはもう何年も前のことです。初めて耳にするのに、妙に懐かしく、アコーディオンの音もいいなあなんて感じていたのを覚えています。「ゆっくり息を吸い込んで」こんな歌詞が出てくるんで…

三茶の夜

月一の勉強会に合わせて上京した時の密かな愉しみが三茶の夜散歩。自然の中を歩くのもいいですが、商店街の喧騒や住宅街の静けさも僕にとっては魅力的です。三茶はその辺のバランスが良くて、日常の何でもない感じがただよう雰囲気に飽きることがありません…

不意打ち

先日、一枚の写真を見て、ふいに込み上げてくるものを感じました。感動と言ったらいいのか、何て言ったらいいのか、逃げ場を失ったそれが、その瞬間に込み上げてきて、 「なんで今?」みたいな感じでやってきました。 不意打ちを食らったような感じだったん…

分かります、その感じ

臨床を受けていただいた方に、「これは、言葉で説明されるより、一度体験した方が分かりますよ」とか、「やってもらったことを人に伝えたいんだけど、何て伝えていいのか分からないんです」とおっしゃっていただくことがあります。僕も含めて、からだにひび…

僕も体験しました

どこかを治してもらいたくて、病院に行ったり、治療院に行ったりするものですが、「ちょっと体験してみたい」と思って受けられるのも操体の面白さかもしれません。この間、臨床を受けられた方が終わってひとこと、「感動しました」僕自身も体験済みですが、…

気になりますよね

「落ちる(意識飛び)」という言葉が前情報として一人歩きしてしまうと、それを期待してというか、そこまで意識していなくてもかえって身構えてしまうこともあるようです。意識飛びは、からだにひびいた結果の一つの現象ですから、意識飛びしても、しなくて…

ホントに落ちた

香さん、ありがとうございます。今週は瀧澤です。よろしくお願いします。「落ちる(意識飛び)とは聞いていたけど、ホントに落ちるとは思わなかったです」最近、臨床を受けていただいた方の感想です。「意識飛び」とは、僕たちがよく使う用語で、ストンと意…

音を愉しむ人を観て愉しむ

先日、公園通りクラシックスでアルジャンスーのライブが開催された。僕はTさんと共に、師匠とH先生に随行した。演者は東京操体フォーラムの相談役でもある巻上公一氏とそのフォーラムに何度も来ていただいている佐藤正治氏。ヒカシューやMASSAでもご活躍のお…

お返しする時が来るまで

同じものを見ていても、人によってくいつくところが違うことがある。それが多ければ多いほど、見ているものはより多面的なものなのかなと僕は思う。からだもそう。洋の東西も、静動の力学も、スピか科学かも、みんな違ってみんないいと僕は思う。色んな見方…

機に乗じてくいつく

情報を得るだけだったら、今はネットのお陰でいつでもくいつくことができるけれど、何となくスルーしてしまうことってあると思う。この業界に入って、最初から操体にくいつかなくてよかったと僕は思っている。操体を知るタイミングがあって、その後、操体の…