こんにちは。
すーっと風が吹いてきて、その涼しさや香りを味わっているような。
そんなことばが届いた7日間。
瀧澤さんありがとうございました。
ブログ執筆のバトンタッチをして本日から1週間、寺本が担当します。宜しくお願い致します。
操体を通して、からだや自然なるものと向き合うことを続けていると、度々新鮮な出会いのように言葉を感じ直すようなことがあります。
その中で「ゆっくり」というテーマ、キーワードも私にとっては何度となく出会い、改めて感じることを繰り返してきた言葉です。また最近大事だなぁと感じ直しているところでもあります。
今回はこの「ゆっくり」をテーマにしてみたいと思います。
私が操体を学ぶようになって、「ゆっくり」という言葉を意識するようになったのは、講習の実技指導の場からだったと記憶しています。
般若身経を実践する
動診のなかでからだの動きを表現する
操者が被験者に介助・補助を与える
あらゆる実技の場面で、せかせかと動いてしまう度に、何度となく「もっとゆっくり!」という厳しい指摘を受けてきました。
ひとつひとつの細やかな介助・補助のポイントを学びながら、それと共に、実践学習を通すなかで、非常に基本的なこととして大事にされてきた印象があります。
からだと向き合ううえで、ただならぬ大切なことだと感じながら少しずつ身にしみこませてきた「ゆっくり」。
それが臨床の場に限らないのだと感じるようになり、実践を通して日常生活のあらゆる場面にも少しずつ浸透していくものだと思うようになり、また「ゆっくり」に対する印象が変化していったのです。(続)