からだが重い時や痛みが生じている時には決まって「こうしたら痛くなる」「これだけ動いたら後々キツくなる」というような計算でからだを使っている。
それは痛みによる呪縛のようもので、ずっと続いていたのですが、最近はじぶんの思考よりも先にからだが動いてくれる時が多くなってきました。
その時は痛みや疲れを感じずに気が付けば結果的にやっていることが多いです。
そんな経験は恐らくわたしだけでなく、ほとんどの人がしていることだとは思いますが、なぜそういったことが起こるのか疑問に思っています。
何度かこういったことを体感していくと、からだがわたしの代わりにやりたいことをしてくれているように感じるのです。
あれこれとマイナスにしかならないことを考えてから動いてしまうじぶんの思考のスイッチをからだは動くことでそのスイッチをオフにし、わたしの導いてくれる。
からだが主体となっている時に感じられるのものは「楽」ではなく「快」にベクトルが向いている。
そんなことを感じていると橋本敬三先生が言われていた「病気なんてない」という言葉の意味も今までと捉え方が変化してくるように感じています。
本当の病の根っこにあるものはじぶんの思考や意識によって作り出されているのかもしれませんね。